主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「見舞いに来てやったぞ」


…別に頼んでもいないのにその夜晴明が徳利を持って現れた。

皆の前では“主さま”と呼んで敬っている態の晴明だが、主さまの寝室に入ると猫かぶりをやめて、枕元に置いてあった息吹が書いた文を見て含み笑いを浮かべた。


「ふふふ、何度も読み返したようだな」


「熱はもう下がった。…息吹はどうしている?」


行燈に火を灯し、兄弟と言っても通じる容姿の晴明と主さまが互いの盃に酒を満たし、ぐいっと呷った。


「あれから息吹は“十六夜”のことばかり聞きたがる。どうしたものかと思って相談しに来た次第なんだが」


「…“十六夜”が俺であることはばれていないだろうな?」


「この際正体を明かしてはどうだ?食わぬと言えば納得するやもしれぬぞ」


「納得しなかったらどうする。…今のままでいい」


すると晴明は直衣の裾を払って居住まいを正し、盃を畳に置いた。


「十六夜よ…再び息吹に出仕の勅命が下った。あの子はもう御所へ行くのは嫌だと言う。だから私は帝と直談判をして二度と行かせまいと思うのだ」


「それがいい。息吹には朝廷など似合わん」


「そこでだ。もし帝がごねたら、心の底から脅かしてやりたい。百鬼夜行を駆り出してはもらえぬか」


――突然の申し出に、主さまも盃を置いて晴明の描く筋書きを聞いて、ふっと笑みを零した。


「それは面白そうだな。連中も面白がるだろう、やってもいいぞ」


「その代わり、人は殺すな。そなたが率いているのだ、そんな輩は居ないと思うが一応言っておく」


2人共息吹の父代わりで、息吹を守りたいという想いは強く、そして晴明は…

主さまの元から息吹を連れ去ったが、時々幽玄町を懐かしがる息吹に気付いていて、いつかは主さまに会わせてやろうと考えていた。


「“十六夜”と話をしたいそうだ。どうやら…“十六夜”に気があるようだぞ」


「な、なに…」


――みるみる主さまの顔が赤くなっていく。

目が合うと身体ごと背を向けて、顔が熱いのか、団扇で顔を仰いでいた。


「そなたも息吹に気があるのだろう?由々しきことになってきたな」


そう言いつつも晴明は楽しそうだった。
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