主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹より緊張しているのは…主さまだった。
衝立に貼られている手漉きの上質な障子紙は薄く、衝立の向こうに座っている息吹の姿がぼんやりと見えていた。
…そわそわして、姿は見えないのに何度も手鏡で髪や顔を覗き込んでいるのがわかり、
主さまがついふっと笑うと顔を上げてこちらを見た。
「十六夜さん…もうお話しても大丈夫?」
「…ああ」
返事をすると俯いてそわそわとまた身体を動かし、高くやわらかく可愛らしい声が主さまの耳朶をくすぐった。
「十六夜さんにお礼を言いたかったし、お話をしてみたかったの。十六夜さんも何かお話して?」
「…………幽玄町で育ったと言ったな」
「はい。主さまという方に育てられました。大好きだったの」
「………そうか」
なんとかそう振り絞って俯くと、もちろん息吹の側からも主さまが俯いたのは見えていて、その反応に身を乗り出した。
「十六夜さんは主さまを知っているの?やっぱり十六夜さんも幽玄町の人なの?わあ、嬉しいっ」
「…知っているが、言葉を交わしたことはない。ちなみに…“大好き”とは、どういう意味だ?」
――不思議なことを聞いてきた“十六夜”に、息吹は首を傾げながら答えた。
「大好きは…意味はそのまんまだけど…」
「…………いや、別に」
まだ色恋を知らない息吹が愛だの恋だのを知っているはずがなく、また主さまも女を真剣に愛したことがないので、俯いた。
「あ…、十六夜さんって髪が長いんですね。光の加減で少しだけ姿が見えるんです。十六夜さんからも私が見えてる?」
「…少しだけ見える」
肩からさらりとこぼれた髪が見えて、何故か無性に主さまのことを思い出してしまった息吹はまたこの“十六夜”という男の妖に親近感を抱いて、
衝立の下にある隙間に手を入れるとちょいちょいと指を動かして気を誘った。
「十六夜さん、私の手が見える?あの…触ってほしいの。駄目?」
「……駄目だ」
「お願い、一瞬だけ」
――息吹に触れたい。
主さまも同じ思いで、息吹の手の甲に、手を重ねた。
「…あったかい」
妖でも――
衝立に貼られている手漉きの上質な障子紙は薄く、衝立の向こうに座っている息吹の姿がぼんやりと見えていた。
…そわそわして、姿は見えないのに何度も手鏡で髪や顔を覗き込んでいるのがわかり、
主さまがついふっと笑うと顔を上げてこちらを見た。
「十六夜さん…もうお話しても大丈夫?」
「…ああ」
返事をすると俯いてそわそわとまた身体を動かし、高くやわらかく可愛らしい声が主さまの耳朶をくすぐった。
「十六夜さんにお礼を言いたかったし、お話をしてみたかったの。十六夜さんも何かお話して?」
「…………幽玄町で育ったと言ったな」
「はい。主さまという方に育てられました。大好きだったの」
「………そうか」
なんとかそう振り絞って俯くと、もちろん息吹の側からも主さまが俯いたのは見えていて、その反応に身を乗り出した。
「十六夜さんは主さまを知っているの?やっぱり十六夜さんも幽玄町の人なの?わあ、嬉しいっ」
「…知っているが、言葉を交わしたことはない。ちなみに…“大好き”とは、どういう意味だ?」
――不思議なことを聞いてきた“十六夜”に、息吹は首を傾げながら答えた。
「大好きは…意味はそのまんまだけど…」
「…………いや、別に」
まだ色恋を知らない息吹が愛だの恋だのを知っているはずがなく、また主さまも女を真剣に愛したことがないので、俯いた。
「あ…、十六夜さんって髪が長いんですね。光の加減で少しだけ姿が見えるんです。十六夜さんからも私が見えてる?」
「…少しだけ見える」
肩からさらりとこぼれた髪が見えて、何故か無性に主さまのことを思い出してしまった息吹はまたこの“十六夜”という男の妖に親近感を抱いて、
衝立の下にある隙間に手を入れるとちょいちょいと指を動かして気を誘った。
「十六夜さん、私の手が見える?あの…触ってほしいの。駄目?」
「……駄目だ」
「お願い、一瞬だけ」
――息吹に触れたい。
主さまも同じ思いで、息吹の手の甲に、手を重ねた。
「…あったかい」
妖でも――