主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
御所に着くと相変らず皆から刺さるような視線を浴びて、一向に女房や女御と仲良くできないままだった息吹は、それでもせいせいしていた。
…この帝の前に黙って座っていればいい。
退出する時に自分の意志を告げて、明日からはまた晴明の屋敷で静かに暮らしてゆける。
――そう考えると気分が落ち着いて微笑んでいる息吹を、御簾ごしに一条天皇がじっと見つめていた。
「ようやく熱が下がってそなたを参内させた次第だが、寂しかったぞ」
「…私が参内する時はいつも人払いをしているようですが、どうしてですか?」
道長も晴明も、果ては内侍まで部屋から追い出した2人きりのこの空間は苦痛で、息吹は扇子でずっと顔を隠していた。
帝はそれが気に入らないのか御簾から出てきて息吹を緊張させると、扇子を握る手を握ってきた。
「私はそなたを中宮に迎えたい。ここで私と共に暮らさぬか」
「え…、い、いやです!」
…即答した息吹に、今まで優しく笑んでいた帝の表情がすっとなくなり、息吹は急に怖くなって頭の中でずっと繰り返し、十六夜の名を唱えていた。
「私は帝だぞ。そなたの意志がなくとも中宮に迎えることはできる。だが、そなたに受け入れてもらいたい」
「いやです。私はあなたのことを殿方として意識しておりません。どうかもう、お会いするのは今日までに」
扇子が膝に落ち、帝が怖い目をして睨んできて顔を近付けてきた。
反射的に息吹は身体を逸らして近付いて来る顔を遠ざけようとしたが、背に腕が回って引き寄せられた。
「や、いや…っ!」
「そなたに憑いている妖も払ってやるし、そなたの願いはなんでも聞いてやる。私もそなたに優しくする。だから…」
「いやです、絶対にいや!」
何度も拒絶をされて矜持を激しく傷つけられた帝は、息吹の着ている単に手をかけ、がくがくと震える唇を奪おうとした時――
「それ以上息吹に近づくな」
「…!妖か!」
耳元で低い声が響いて、懐に隠していた短刀を抜くと即座に身構えた帝は熱が出る前に枕元に突き立てられていた文と短刀を思い返してぞっとした。
「物の怪め…滅してやる!」
妖が、恋敵。
…この帝の前に黙って座っていればいい。
退出する時に自分の意志を告げて、明日からはまた晴明の屋敷で静かに暮らしてゆける。
――そう考えると気分が落ち着いて微笑んでいる息吹を、御簾ごしに一条天皇がじっと見つめていた。
「ようやく熱が下がってそなたを参内させた次第だが、寂しかったぞ」
「…私が参内する時はいつも人払いをしているようですが、どうしてですか?」
道長も晴明も、果ては内侍まで部屋から追い出した2人きりのこの空間は苦痛で、息吹は扇子でずっと顔を隠していた。
帝はそれが気に入らないのか御簾から出てきて息吹を緊張させると、扇子を握る手を握ってきた。
「私はそなたを中宮に迎えたい。ここで私と共に暮らさぬか」
「え…、い、いやです!」
…即答した息吹に、今まで優しく笑んでいた帝の表情がすっとなくなり、息吹は急に怖くなって頭の中でずっと繰り返し、十六夜の名を唱えていた。
「私は帝だぞ。そなたの意志がなくとも中宮に迎えることはできる。だが、そなたに受け入れてもらいたい」
「いやです。私はあなたのことを殿方として意識しておりません。どうかもう、お会いするのは今日までに」
扇子が膝に落ち、帝が怖い目をして睨んできて顔を近付けてきた。
反射的に息吹は身体を逸らして近付いて来る顔を遠ざけようとしたが、背に腕が回って引き寄せられた。
「や、いや…っ!」
「そなたに憑いている妖も払ってやるし、そなたの願いはなんでも聞いてやる。私もそなたに優しくする。だから…」
「いやです、絶対にいや!」
何度も拒絶をされて矜持を激しく傷つけられた帝は、息吹の着ている単に手をかけ、がくがくと震える唇を奪おうとした時――
「それ以上息吹に近づくな」
「…!妖か!」
耳元で低い声が響いて、懐に隠していた短刀を抜くと即座に身構えた帝は熱が出る前に枕元に突き立てられていた文と短刀を思い返してぞっとした。
「物の怪め…滅してやる!」
妖が、恋敵。