主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
主さまは完全に帝に殺意を抱き、背に回り込んでいた。


発する妖気を頼りにこちらをひたと見据えて短刀を身構えているが、ただの短刀ではこの身体に傷をつけることもできはしない。


「十六夜さん…!」


「じっとしていろ」


「阿闍梨(あじゃり)を呼んで調伏してやる。私の御所には2度と踏み入らぬように徹底的に叩きのめしてやる」


「やってみろ」


ふっと風が吹いたと思ったら帝の頬がすっぱりと深く切れて血が吹き出し、息吹は大きな声で、晴明と道長を呼んだ。


「父様!道長様!」


騒ぎを聞きつけた近衛兵たちと、続いて入って来た晴明と道長はすぐさま息吹を守るようにして立ちはだかると部屋から連れ出した。


「道長、頼んだぞ」


「あ、ああ!息吹、こっちへ」


「十六夜さん、十六夜さんは…」


「私が鎮めておくから他の部屋で待っていなさい」


いつも通りに笑いかけてきた晴明に全てを任せて出て行くと、やみくもに刀を振るって主さまを見つけようとする近衛兵に失笑し、其の場にどっかりと座った。


「帝よ、息吹に手を出すとこうなる、と私は申し上げたはずですよ」


「あの妖が私を呪ったために三日三晩熱に浮かされたのだぞ。晴明、十六夜という妖を捕えて私の前に引きずり出せ」


――“十六夜”という名は主さまの真実の名。

許してもいない者にその名を呼ばれて静かに激怒した主さまの瞳にの中に青白い炎が噴き出した時、晴明がばさりと扇子を広げて主さまに向かって投げつけた。


近衛兵や帝からしたら、何もない空間にただ扇子を投げたように見えただけだが、何もない空間のはずなのに、扇子が何かにあたって落下し、呪いのような声が背筋を震わせた。


「邪魔をするな…」


「落ち着け。先ほど少し耳にしましたが、息吹を中宮にとお考えか?それは父代わりの私も、そして息吹も考えてはおりませぬ。どうか中宮は格式高い家からそれなりの女御をお選びください」


「私は息吹がいいのだ。諦めぬ」


頑として首を縦には振らず、晴明と主さまが視線を交わし合い、頷き合った。


…今日決行しよう。


百鬼夜行を率いて御所になだれ込み、後世に残るほどの恐怖を。
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