他人任せのジュークボックス
当年とって齢40を越えて五十路まで片手で事足りる歳になった私ではあるが、幼少の頃からの視力の良さは未だ以って衰えを知らない。
そんな私が朝いつものように目が覚めて、いつものようにキッチンで食事を採ろうとしたときだった。
「……はて?」
それは眼鏡だった。
もう少し詳しくいうならば、テーブルの上にプラスチックフレームの黒い眼鏡。
「……はて?」
もう一度つぶやく。
無論、私の物ではない。
伊達眼鏡をかけるなどという小賢しいお洒落をするような歳ではない。
では誰の?
この家には私以外に住人はいない。
情けのない話だが、妻と子供はもう何年も前に出て行ったきりだ。
では、誰の?
鍵は常に、すべからく、問題なく、間違いなく、就寝前には一通り部屋を回って確実にかけている。
それに侵入者があったような形跡は(少なくとも今のところは)ない。
では……誰の?
「どうしたの?──“おじいちゃん”」
不意に、声が、背後から聞こえた。
若い、女の声だ。
しかし、私の子供は──“男”だ。
反射的に振り返りそうになったが、すんでのところで恐怖心がそれを制止する。
誰だ?
今の声は、誰のものだ?
(ぐっ──)
飲み込んだ唾(つば)が、極度の緊張のためか喉に貼り付いて一瞬呼吸を邪魔する。
ゆっくりと近付いてくる足音。
一体、誰なんだ。
それに“おじいちゃん”だと?
確かに壮年ではあるがまだ老人と呼ばれるほど歳は──
「あら、あの人こんなところに眼鏡忘れてたのね。昨日お風呂上りについ置き忘れちゃったのかしら」
まて、“あの人”だと?
他にも誰かいるのか?
一体全体どういうことなんだ。
私はずっとひとりで暮らして……ずっと──
「…………」
ふと、食器棚に目がいった。
「あ、あああああ……」
幼少の頃より衰えていない私の目が確かに“ソレ”を捕らえた。
「あああああああああああああああ!!」
磨き上げられたガラスに映る、頭髪が抜け落ち、背の曲がった、壮年を“とうに”過ぎた、我が身を――