絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 息を吐いて、足を速める。 
 毎日、客が求める家電の商品説明を丁寧にし、相手が納得いくように上品に販売をする。それがホームエレクトロ二クスの主な仕事内容だが、香月がしていることは実際は、売り場で型遅れ商品を集めているところへ、悩んで話しかけて来た客に、にっこり笑顔で返して、一緒にどの商品にするか悩む、という手法にすぎなかった。要は、知識不足を持ち前の明るさとその美貌でカバーしているだけである。
 真っ白い、一つのくすみのないその肌はとてもキメが細かく、その上に乗った両の瞳は大きいアーモンド形で、それを覆う睫毛は、誘うように揺れ、また、その瞳に吸い寄せられた者を軽蔑するようにも、見える。鼻は真っ直ぐ筋が通っており、その下にある唇は薄く、赤い。その美貌を香月は、営業でこの上なく発揮していたが、本人はそんなこと、全く気にはしていなかった。
 朝、顔を洗って、コンタクトを入れ、エチケットで化粧をしなければいけないという気持ちしかあらず、ささっと整えただけにすぎない髪の毛も、時間がないときは背中まであるのをそのまま流して行き、更衣室で結ったり結わなかったり。口紅が嫌いで、なんとなくリップを塗ってはいるが、それも、何歳までこんな手抜きで許されるのだろう、と時々自問しているくらいだ。
 もちろん、そんな香月を世の男たちが放っておくわけがない。道ですれ違う人々は一度は振り返って見るし、芸能界のスカウトに声をかけられることも珍しくはない。
 だが、この男に関しては、そうではなかった。
「来たでー」
 本物の関西弁のイントネーションを教わったのは、この男からだった。
「今日も仕事ないんですか?」
 香月は一眼コーナーで待ち伏せていた男性客に、近寄りながら笑って聞いた。
「あるー! あるけど、今日はちょっと用で来たんやんか」
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