絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 犬だけはとりあえず濡れないように隅に置き、どうしようか考えた。むやみに餌を与えるのはよくない。震えてはいるが、それほど衰弱していないようだ。ダンボールの床が少し濡れているのが寒いのか。一度倉庫の中に入れば隅に捨てられたエアーパッキンや新聞紙があったが、既に鍵をかけた後である。どうしようか、3秒迷って、一番下に積んであったミシンを包んでいたエアーパッキンを外すとそれを箱の中に敷いた。どうせこんな汚いパッキンは剥いでから包装する。
「……何やってんだ……」
 矢伊豆はカッパも被らず、台車を押して濡れながらこちら側にやってきた。
「そこで犬が……」
「お前がびしょ濡れじゃないかー」 
 言いながら、箱の中を覗き込む。
「捨て犬か」
「……どうしようかな。施設に預けた方がいいですよね?」
「あぁ、電話するよ。取りに来るように」
「あ、ありがとうございます!!」
 矢伊豆はすぐに携帯をポケットから取り出すと、ほんの2、3分会話をする。すぐに話はついたようだった。
「7時までには来るって」
「ここに置いておくんですか?」
「いや。これだけ箱が深かったら出てこんだろう。倉庫の隅に置かせてもらおう」
「はい!」
「そんな嬉しそうに……」
 矢伊豆は上から優しそうに見下した。
「え、……まあ……」
「ほら、早く片付けるぞ」
 残りの荷物を新たな台車に乗せると鍵が閉まっているのをもう一度確かめる。
「……犬、好きなの?」
 台車を押す矢伊豆とダンボールを抱える香月。
「別に、それほど……」
「ふーん、やさしいのな。香月って」
「矢伊豆副店長の方が優しいですよ。だって電話してくれたじゃないですか」
「まあな。せーのっ!」
 矢伊豆の掛け声に合わせて屋根から出る。
 しかし、あと少し、というところで、今度はダンボールの底が抜けた。 
「きゃぁ!!」
「(保)、何やってんだ」
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