絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 考え事に集中しすぎたせいで、珍しく仕事をサボりながらこなし、早々に自宅に帰る。
 今日はユーリもおらず、こんな日こそ一人でのんびりしたいのに実に惜しい。
 さて、少し迷って、服は上品な白のノースリーブワンピースに決定した。この前ユーリが大絶賛してくれたせいもある。なかなか着心地もいいし、可愛い。下にベージュの下着を着るところが気を遣うが、それにしたって価値のある物だ。
 そこをユーリが「似合う」と評価してくれたのが嬉しかった。一応芸能人のユーリだって大丈夫なんだから、レイジだって同じようなものだろう。
 9時10分前にレイジから電話が入り、下へ向かう。
 ところがエントランスを見て驚いた。てっきり、愛車のフェラーリかと思ったら。
 ロールスロイスに運転手をつけてきていた。
 いやもうどうしたの!? 今日は何の会!? という驚きである。
 彼は運転手が開けてくれたドアから降りると、ロビーで一旦停止してしまった香月の方へ歩みだした。慌ててこちらも動き出す。
「……フェラーリかと思ってたから……」
「飲んだら困るじゃん」
 いや、だからって。
 とりあえず促されて乗る。中は見たこともない高級そうなシート、というかソファに近いすわり心地で、三度その財力に関心させられた。
「すごい車ですね」
「あんまり乗らないよ。特別な日はこの車」
「あ、誕生日おめでとう……ございます」
 あぁ、しまった。やっぱり物が必要だった。せめて花でも……。
「うん、ありがとう」
 ってなんかものすごく顔が近寄ってきてるから
「ち、近くないですか?」
と、顔を俯けたまま尋ねる。
「嫌?」
「いやぁ……」
 かわそうと窓の外を見る。だが失敗して。
「ありがとう」
 と耳元で囁かれ、ビクっとした。
「す……すぐ着きますよね!」
 話題を変えよう!
「うん? そうだね……」
 体を硬直させたままにしていると、レイジはようやく耳元から離れてくれる。
 一々疲れさせる男だ。
< 113 / 314 >

この作品をシェア

pagetop