絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「俺、レイジのバックバンドやってるゆーたやん?」
「うんうん」
 レイジ、というのは、それはもう超有名人である。ついこの前も歌番組で見たし、町を歩けば騒ぎになるのは確実の、ロックスターミュージシャンだ。そのバックバンドのメンバーの一人がユーリということらしく、人気もあるそうなのだが、香月は全くもって、そんなことには興味がなかった。
「で、ルームシェアマンションに今レイジと2人で住んでんねんけど」
「あれ、3人じゃなかった?」
「最近まで3人やったんやけど、1人海外行って空いてんのよ」
 間が空くのが怖くてすぐに相槌を打った。
「ふーん……」
「で、一緒に住まへんかなあって、話し」
「え! 私が!?」
 その大声にユーリは驚いて、後ろを振り返った。が、幸いにも周囲には誰もおらず、こちらを気にしているような人はいない。
「まあ、そういう話しやから」
 ユーリは少し困った顔をしながら、笑って見せた。
「ええー……?」
 香月は、その薄いサングラスの下の切れ長の目を見つめた。
「大丈夫、家賃は払うし」
「意味分かんない……」
 小さく首を振るのが精一杯。
「マンションからここ、近いし。な?」

 ユーリの、家賃をただにするとか、マンションから勤務地が近いとか、そういう口車に乗せられて、ここへ来たのではない。
 2012……2012。つまり、20階の、エレベーターから12番目の部屋だ。エレベーターの表示によると、20階が最上階だから多分きっと眺めはいいのだろう。
 既に20歳を越え、実家で父と継母と、手伝いの4人暮らしで自由を満喫している香月にとって、無賃マンションの話に乗ることはただの遊びにすぎなかった。あのユーリの突然の誘いの後、レイジの話も詳しく聞いたが、まあ、ほとんど仕事でいないらしいし、別荘にすぎないらしいし……ユーリも仕事で個室に篭ったっきり……じゃあなんで、私が必要なんだろう?
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