絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 見つめて頷く。
「じゃあ待ってるよ」
 普通最初からそうだろう……。やっぱり芸能人という奴は、一般人が持っているような常識では計り知れないものがある。特に、レイジは若い頃から、モデルをして、歌手になって、多分もう20年近くその業界にいるはずだし、一般常識というものがつく前に芸能常識を取り込んでしまったのだろう。
 レイジは自分の靴を脱ぎ、更に断ってからこちらの靴も脱がしてまた寝転がった。
「最初はさぁ……」
「はい」
「こんな一つ屋根の下に3人で暮らすなんて、どうなることかと思ったよ」
 誘ったの自分だろう! とつい心の中で突っ込んでしまう。
「私の中で、レイジさんは安全な人だと思いましたから。そういう、曲がったことはしないだろうっていう」
「なんか、やりにくくなるな(笑)」
 レイジは小首を傾げて、肩を揺らした。
「ユーリさんも優しいし」
「うん。皆人を思いやれる人だからね。うまくいっているのかもしれない」
「……そうですね」
 というか、その本人が一番思いやれていないような気がしないでもない。
「で。帰ったら同じ部屋にしようね」
「え?」
「さすがにそうでしょ」
「いやまだ私、何も……」
「何が?」
 レイジはまっすぐこちらを見つめる。
「いや、私、まだレイジさんと付き合うとか決めたわけじゃ……」
「じゃあこうしよう。僕の彼女になろう」
「なろうって!」
「とりあえず……おいで」
 すぐそうやって人を騙す。
 香月はその腕枕の誘いには乗らず、
「私はまだ決めたわけではありません」
「だから、決めてる間に悪い虫がつくといけないから」
「そんな……つきませんよ」
「いや、つくから。だからまず彼女になって。僕の物になって?」
「……」
「それから付き合うかどうか考えよう」
「彼女って結局付き合ってるってことじゃないですか……」
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