絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 とは思いもしたが、仕事を終えた今、誘われるがままにユーリについてきてしまったのである。
「部屋見て、みんなで話してみようて」
 と言われれば、見て見ないこともない。
 2012号室、は一番南の端の部屋で日当たりももちろんいいし、真っ白のドアの外観もかなり高級感がある。
 そして香月は、自らの手でそのドアを開き、始まりを遂げてしまったのである。
「……こんばんは」
「上がって、上がって」
「お邪魔します……」
 真っ白なふかふかのスリッパを履かされユーリの後に続き、玄関からまっすぐ廊下を進むと、突き当たりがリビングになっているのだが、かなり広い。おそらく40畳はあるだろう。奥のガラス張りからは、壮大な景観が広がっているし、ソファも高級そうだ。だけど、そこに座っているのが、レイジではなく、ユーリだった場合、ソファに高級感が出るかどうかは不明である。
 レイジは大理石らしきテーブルの上にグラスを並べ、パソコンを膝に置いてはいるが、退屈そうにテレビに目を向けていた。
「来た来たー」
 テレビの印象とは違い、出会った瞬間からお友達な、ノリの軽い芸能人であったことに、かなり驚く。
 とりあえず会釈をしたようなしなかったような、微妙な動きをしてから目を逸らし、ユーリに促され、彼がいるソファに近づいた。ドアから右手の壁際にテレビ、それに対面するようにソファが並べられている。
 ソファの上で胡坐をかき、膝の上のノートパソコンを閉じようとしている彼の側に、挨拶をするために寄った。
 5月初旬にふさわしい長袖の少し肌にフィットした白いティシャツにジーパンという軽い出で立ちだが、多分高価なブランド物なんだろう。さらさらの黒い前髪やら香水がキツく香ることから、そんじょそこらの男とは、全く違うスタイルが演出されている。
 レイジはどういう意味がこめられているのか、優しく笑いかけてくれた。
「愛ちゃん、これからよろしくね」
 大の大人の、しかも初対面の人にちゃんづけされたことにどきりとしたが、そのことに感情的になる暇もなく、相手はさっと立ち上がると握手を求めてきた。日本人慣れしている香月には握手がかなり珍しかったが、どうにか手を伸ばすことができる。
< 13 / 314 >

この作品をシェア

pagetop