絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 ヒールが高くて走りづらい。それでも、転倒だけはしないように、配慮して走った。
 ようやく、芝生に出る。最初は傾斜があり、とてもドレスで走れるような場所ではない。
 だが、それもどうでも良かった。
 いつぶりだろう、6年……もうそんなになるのか。
 こちらの顔も多分少しは変わってしまって……。
 思い出せないかもしれない。
 ドレスが走る様に芝生の式場の数人が気づいたので、早歩きに切り替える。
 風通しの悪いドレスのせいで全身に汗をかいていた。
 今日は晴天。結婚式には相応しい。こんな晴々とした結婚式に、一人、黒服の女が汗だくで華やかな現場に足を踏み入れようとしている。
 あまり、近づきすぎてはいけない。そう思いながら、彼の方を見ていた。
 おそらく、それほど親しい人の式ではなかったのだろう。
 彼はこちらに気づくと、まるで手洗いに席を立つかのように、スマートに席を離れて近寄ってきた。
 表情を整えようかどうか迷った。だが、それは迷いだけで。
「席が分からないのか?」
 6年ぶりのセリフがそれ。
「えっ!? ちっ、私はっ、別の式で……」
「ああ、ここじゃなくて?」
「そ、そう。上から見えたから……」
 言葉が出なかった。なぜならそれは、彼もこちらを見つめていたから。
 一瞬、回想シーンに2人は溺れたと思う。
 そして、ワーっという会場の声でまた、我に返る。
「じゃあまた……」
 振り返りながら、伏し目がちに言葉をかける。相変わらずだ。
「後で会えたらな」
 懐かしくて涙が出そうだった。何も変わっていない。
 いてもたってもいられなかった。
 彼の環境が変わっていたのなら。全ては振り出しに戻って、全部がやり直せる。
 頭は彼のことしか考えていなかった。
 香月はそれから2時間、彼の方の結婚式が終わるのを一人ホールで待ち続け、「後で会える」ように自分で段取りをした。
 やがて、夕方の部の式が終わる。それと同時に各客間からたくさんの人々でまたごった返した。
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