絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 榊は優しく笑う。
「そういえば、もう榊じゃないんだね……」
「いや、病院では榊で通している。榊でいいよ」
 その名を、今度いつ呼ぶんだと思いながら、少し笑う。
「6年経つか……。俺も年をとったわけだ」
「そういえば、最近、夕ちゃんにも会ってないわ」
 会話に詰まるのが嫌で、咄嗟に思い出したことを言う。
「意外だな。愛はずっと続いてると思ってた」
 やはり名前を呼ばれて、再びどきりとする。
「理由は特にないけど」
「あいつはいい奴だよ。俺のことは嫌いみたいだけど」
「(笑)、知ってるんだ」
「番犬には丁度いいのに。愛の周りはいつも変なのが多いから」
「それ聞いたら絶対怒る」
 犬呼ばわりされて怒る一成夕貴(かずなり ゆうき)の顔が目に浮かんだ。
「本当のことだよ」
 榊はこちらを見ずに、どこか遠くを見つめ始めた。
 会話に詰まってきたんだろう。やっぱりね、そりゃそうだ……。
「紹介するよ……」
 まさかと思って、彼が見た方を見た。
「妻の加奈だ」
 意外にも、まあ、綺麗といえなくもない女性だった。肌の色は少し濃く、大きな瞳は印象的だが、ボーイッシュな印象である。ドレスが黒でまあどうにか落ち着いてはいるが、どうも榊のチョイスではなさそうだ。
「初め、まして……」
 加奈はあからさまに誰? という顔をして、榊に助けを求めた。
「樋口のお嬢様の友人だ」
 なるほど……そういう紹介の仕方もあるか。
「香月と申します。榊先生とはお久しぶりでビックリしました」
「そうですか。それにしても、綺麗な方……ですね。私の方こそビックリしました(笑)。主人にこんな素敵なお知り合いがいたなんて」
 皮肉かどうか、一瞬迷う。
「そうか?」
 とぼける榊も相変わらずだ。
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