絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 その榊久司との再会をもう一度最初から頭で再現する。もう二度とないと思っていた出会い。いや、正確にはもしかしたら、その角を曲がればいるかもしれないと思ったことは何度でもある。だけど、そんな角の向こうで榊が何をする必要がある……全て妄想であり、幻想の出会いだった。
 榊の外見はほとんど変わっていなかった。中身も多分変わっていない。変わったのは、夫婦の間に子が出来、死んだこと。
 しかもそれは、榊との間の子ではなかった。
 榊は指輪もしていなかった。
 今の一度も指輪をしたところなんて見たことがない。だけれども、私なら、今のこの私ならあの指に指輪を嵌めることくらい簡単にできると信じている。
 あれから6年の歳月が流れ、自分は確実に大人になった。
 今の自分なら手に入らないはずがない。
 なにごとも、手に入らない物はない。
 白く、それでも薄く筋肉のついた、あの体にもう一度抱かれることができるに違いない。
「医者の不養生」
 そう笑い、タバコをさっと取ってしまうことが、できるに……。
 そう考えながら寝た。なのに、次の朝目が覚めたとき、まるで夢すら見ていなかったことが悔しかった。
 夢は、努力しても見られるものではない。
 結局人の物は、努力しても奪えるものではない。

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