絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 ここで、綺麗な部屋を与えられて、無賃を条件に、レイジの愛人か何かになれってことですか?
 すぱっと言ってしまおうかどうか、悩む。
 今はまだ仕事帰りに部屋を見に来ただけだ。最初の段階、スタート位置にも立っていない、どうにでもなる状況。
 意を決して、背後にいるレイジに話しかけようとしたが、振り返ると、そこにいたのはユーリだけだった。レイジは、リビングの奥のバルコニーで電話をしている。
「……、私はただでレイジさんの愛人になれってことですか?」
 ユーリを見つめた。怖い顔をするのは、避けられなかった。
「愛人やないよ、恋人。強引やとは思うけど、それがあいつのやり方なんよ」
「……」
「今更言うて、ごめんね。好きってことなんよ」
 ……今更すぎるだろ、それ……。
「私のこと、知ってたんですね」
「お店に何回か行ってるよ。喋ったんは一回やけど」
「え゛、会話しました!?」
「覚えてへん?」
「気づくでしょう! そんな有名人なのに!」
「それでも気づかんのが、あなたって人でしょ♪」
 ユーリは軽くウインクして見せたが、それにどんな意味が隠されているかは不明。
 とりあえずそこで会話を中断させて、小さく深呼吸をした。
「俺、夕飯作るから。良かったら、食べてって」
 さっさと立ち去ってしまうユーリを目で追いながら、考え立ち尽くす。バルコニーには白のガーデンテーブルと四脚のチェアがあるようで、レイジは既にそこに腰掛けている。
 リビングの奥手にあるキッチンでは、ユーリがすぐに食事の用意を始めた。慣れているのか、音が主婦そのものだ。
「……なんか手伝いましょうか?」
 大したことはできないが、誘ってくれたユーリのことを思うと、そう話しかけるのが一番良いと思った。
 早くも、フライパン片手に箸を忙しそうに動かすユーリの背は、多分180を越えている。いつもわりと近づいて話しをしてるのに、今更気づいたことだった。
「ええよ、レイと喋ってき」
「何喋っていいか、分かりませんよ」
「そやなあ……」
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