絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 香月は少し驚いた顔をしてから、笑い、
「大丈夫ですよ(笑)、こうやって一緒に食事するのは多分初めてですけど。たまたまです。西野さんと佐藤部門長が一緒に食事しているところに、西野さんに呼ばれてここに座っただけですから」
「そうか……」
「最近は……大丈夫です。少し話しもするようになったけど、普通の部門長って感じです」
「……」
 宮下は一瞬言葉を考えたがしかし、
「そうか、それならいいが……」
 としか言いようがなかった。
「それに、やっぱり副店長に上がるんですね」
「え? いや……」
「え? 違うんですか?」
 香月の表情からして、確信しているのだと知る。
「香月、それは誰に聞いた?」
「え? 佐藤部門長本人にですよ?」
「まだ極秘の段階だ」
 宮下はどこも見ずに言う。
「あ、はい……それは言ってました。けど、今、宮下店長だから言ったんです……」
 香月はバツが悪そうに視線を下げてしまったので、
「あぁ、いや。それが分かってるならいいんだ。……やっぱり香月は特別なんだな」
 一瞬考えたが、口にした。
「そんなことないですよ」
 そう言うと思った。
「私、思うんですけど……」
「何?」
 目を合わせる。
「佐藤さん、本当に私のことをそんな風に見ているでしょうか?」
 つい、浴衣の胸元に視線が落ちてしまう。
「……いや、分からんな……」
 考えながら喋る。
「ですよね!!」
 分からんな……の後、何を言おうか迷っている間に香月に嬉しそうな顔をされたので、そのまま言葉に詰まってしまった。
 香月的には、佐藤の人柄を重視して、これからも一緒に仕事をしていきたいのだろう。
「多分、あれだって、もう昔の話だし……」
 忘れたいのだろう。全部忘れて、昔の、店長と従業員の、何でもなかった関係に戻りたいのだろう。 
 確かに、それくらい信頼、尊敬できる人ではある。
 だが、今の香月に佐藤という人が、果たして必要だろうか?
 
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