絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 彼、美紗都は白い肌に茶色い長い髪の毛が顔にかかった20代後半の若者であった。まだ明るい場所で顔をよく見てはいないし、今はパーカーにジーパンという普段着だが、スーツを着れば完全ホストになるのだろう。
 その体は細い。どうせ日々酒を流し込んでいるであろう、老化した内臓が透けて見える気がした。
「一旦家に車置いてそれからタクシーで行くから」
「えっ、あ、そうですよね……」
「うん、今美容院に行った帰り。今日は新しい浴衣買って行くつもりが、段取りがうまくいかなくて。今から着替えて出勤だから」
「あぁ……すみません。本当にご迷惑をおかけしました」
「いいよ。いいお礼だと思ってるから」
 それもそうか。
 タクシー内での美紗都の雑談はまあ面白かった。さすがに初対面の女性を悦ばせる仕事についているだけはある。共通の知人であるイッセイの話しがメインであったので、難しいことではなかったが、それでも十分その素質はあった。そのせいか、案外早く繁華街のダンディに到着する。
「久しぶりです」
「楽しんで行ってね」
 浴衣の店員が大半、客も浴衣が多い中、狭い通路を抜けて案内された隅のテーブルに、香月は腰かけた。
 革張りの白いソファが緊張感を漂わせる。
 すぐにウェイターがメニュー表を持って来る。
「いらっしゃいませ。今夜は何になさいますか?」
「……えっと……」
 2000円のコースで、と言えばいいのだろうか。実は、ホストクラブに1人で来たのは初めてであった。いつも友人が全て仕切ってくれていたし、酒も1人で頼んだことがない。
 一人迷っているとカウンターで用を済ませてきた美紗都がすぐに近づいてきて、
「初回コースで」
 と告げた。そして、隣に座る。
「何飲む?」
「えっと……あの、私、2000円しか持ってなくて……」
 ここでツケでもいいからと言われたら、断れるだろうか。
「うん。このメニューの中なら追加なしだよ。飲み放題」
「えーっと……じゃあこのカシスオレンジで……」
「え!?」
 店内は音楽がやたら煩くて、こんなに近くにいるのに声が全然聞こえない。
 そのせいにしたって、初対面の人にこんなに耳を近づけられたらドキっとしないわけがない。
「オレンジ!」
 彼は親指を立ててジェスチャで応えると、ウェイターに顔を近づけて注文した。
「ほんとにホストクラブ来たことある?」
 笑いながらおしぼりを渡してくれる。
「いや……友達としかないです。1人では初めて。だから、お酒も注文したことない」
「ああ、いいよ。大丈夫(笑)」
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