絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 単純作業をしているのか、考えてくれているのか分からないユーリは、レイジと長い付き合いらしいが、この、3人での同居を一体どのように捉えたのだろう。
 ユーリにとって、スターのレイジの我儘をきくことはいつものことであり、同じ屋根の下に愛人や恋人がいても、どうも思わないのだろうか。そういうことなのだろうか。
「さあ、でーきた」
 ユーリは言いながらガスを切って、少しこぼしながら大皿に盛った。大雑把に切られた肉と野菜が簡単に塩コショウで味つけされただけだが、家庭という言葉がぴったりくる温かい料理であることに間違いはなかった。
「持って行ってくれる? 小皿とお箸はそこにあるから」
「……はい」
 返事をしたものの、手が出なくて立ち尽くしてしまう。
「……、いやならええよ?
 強引いうだけであって、無理矢理、とは違うし……」
 正しい日本語の使い方だ。
「……少しだけなら……」
 この時きっと、高級マンションを別荘のように使う、端正な顔つきの年上の男性という、今まで出会ったことのない異性にただ憧れた心のスキがその一言を口にしてしまったんだと思う。
 香月は指示通りの物をお盆に乗せて、レイジがいるバルコニーに向かった。
「うわお! 愛ちゃん特製?」
 レイジは予想もしないオーバーリアクションで出迎えてくれる。
「いえ、あの……ユーリさん特製です」
「ユーでいいよ」
 レイジは出された炒め物にさっそく手を伸ばす。レイジと2人きりになることに少し抵抗を感じたが、興味と、炒め物の匂いにつられて、向かい合わせになるように座った。
「愛ちゃんも飲むでしょ?」
「あ、はい……」
 言われるがままに返事をする。
「僕……今ちょっと考えてたんだけどね……」
 グラスにビールを注ぐ手つきは慣れていて、すぐに綺麗な泡ができる。
「さ、飲んで」
「……」
 ビールは好きではない。元々、付き合いで飲む程度だし、今飲むほどテンションが上がってないし、とにかく気を遣うし……。
 思いながらも、仕方なく一口だけ飲む。
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