絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 中国人だということはあまりよく分からなかった。外見は非常に端整だがそれほど日本人離れしているわけでもないし、言葉のイントネーションも同じ感じだし。ただ、丁寧な言葉を勉強したんだなということはよく分かった。日本人以上に日本人らしい。
 少し苦痛な一時間半は長かった。後半は特に食事に夢中なフリをしていなければならなかった。阿佐子がほとんど喋っていたので助かったが、3人の会話というよりは2人ずつの会話がほとんどで、よかったんだか悪かったんだか……。まあ、食事が美味しかったのでヨシとしよう。なかなか自分では食べられるような物ではない。
 帰りがけ、少し気になったのが、阿佐子の表情であった。セイリュウ様は2人と同時に部屋を出たので廊下でも彼女は隣に位置していたはずなのに、全く楽しそうではなかった。
 遠距離ということは、滅多に会えないであろうに……明後日が明日に早まったことを密かにまだ拗ねていたのだろうか。
 それにしても表口に横付けされた、彼が乗って行った車は見事なものであった。果てしなく長い。ロールスロイスという車であることは分かったが、それがこんなに長いものだということは、今回初めて知った。
 彼はそこに堂々と乗り込んで行ったわけで、私たちはそれを見送ってからベンツに入ったのだが、上には上がいるものだということを実感した2時間であった。
「セイリュウ様って……どうして様なの?」
 阿佐子の気持ちを傷つけないように尋ねる。
「何も言わない方がいいと思ったから言わなかったの。
 あの方は、香港のマフィアのトップよ」
「ま……ふぃあ?」
「そう言ってもなかなか信じられないわよね」
 彼女はようやくこちらを向いて優しく笑った。
「そんな言葉自体あんまり聞いたことない」
「でしょうね……」
「ほんとは、怖い人?」
「怖い人って、怖いってどういう定義で?」
 逆に質問されて、阿佐子への疑問が深まる。
「定義……。だから、こう……人を殺したり、殴ったり。よく映画とかにある、海に沈めるとか?」
「確かに、そういう世界ではあるわね。だけど、あの方が突然、何も知らない人を殺したりするわけじゃないわ」
「だけど……そういう世界なんだ……」
 阿佐子は早口でそっけなく答えた。
「そうね」
 ここで、理解をしなければいけないと思った。それが、阿佐子が香月に求めたことだと、勝手に解釈をした。
「どこで知り合ったの?」
 香月は続ける。
「学生の頃。一人で旅行に行ったでしょう?」
「え? ……カナダ?」
< 168 / 314 >

この作品をシェア

pagetop