絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「カナダだって言わなかったら、お父様が行かせてくれなかったのよ。だけど本当は、香港へ行ったわ。ただなんとなく、あの夜景が一人でゆっくり見たかったの。
 そこで出会ったのよ。普通のバーのカウンターでね。たまたま一人で飲みに来ていて……そこで意気投合……というのもおかしいわね。だけど、次日船が、手持ちのカジノ船が出航するからどうかって誘ってくれたの。
 初対面の私を、VIPルームで遊ばせてくれたわ」
 そこで彼女はこちらを見てくすりと笑う。
「違うのよ。何もないの。だけど時々、こうやって日本に来たら一緒に食事をしたり、こちらから香港に出向いたり。ただの食事をする友達なのよ」
「どうして私に会わせたの?」
 そこまで聞いて、一番不思議に思ったことを聞いた。
「……思いついただけよ」
 いたずらに微笑み、軽く小首を傾げた。
「で、この前そのことを言ったら同席させても構わないって。もちろんそのために日本に来たわけじゃなくて、仕事のついで。だけど良かったじゃない。車プレゼントしてくれて」
「そんな……私みたいな普通の人からしたら車なんて高級品だよ? そんな物やすやすと貰っていいのかなぁ」
「セイリュウ様お気に入りって証拠よ」
「……なんか、怖いなぁ……。私、海に沈まされたりしないかなぁ……」
「大丈夫よ(笑)。私はちゃんと分かってるから(笑)」
 阿佐子はしっかりと自信に満ちた笑顔で応えたが。分かっているって……海に沈まされないということを?
「……でも、ほんと綺麗な人だったね。最初、男だって聞いてなかったら、まずそこを迷ったと思う」
「そうね、すごく素敵でしょう? ……抱かれてみたいな……」
 阿佐子がこの手の言葉を発したのはこれが初めてだったので、
「ほんとに本気なんだね」
と驚いてコメントする。
「そう、こんなに人を尊敬して、好きになったのは初めてよ」
「あれ? けど、自分のことを好きになる人は嫌いなんでしょ?」
「いえ……今回ばかりは本当に手に入れたいわ」
「おおー、ようやく本気の恋に目覚めたんだね」
「そう……そうなのよ……」
 阿佐子はこちらを見ずに窓の外を眺めた。
 彼女は昔、恋に落ちたことがある。
 それまでの彼女は自由奔放であった。いつも周りにモデルのような派手な友達を従え、堂々とベンツからおりて歩く。お嬢様そのものであった。そんなお嬢様が恋をした男がいる。香月は阿佐子と同じ学校ではなかったので相手の顔も詳しくは知らないが、彼女から聞く限りは、優秀な男だった。
 彼女はその時、何度も溜息を吐き、呟いていた。
 あの人が私をさらってくれたのなら、と。
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