絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 なるほど、日本語ぺらぺらなんだ。
「あの、すみません、初めまして。私、香月愛と申します。あの、今回は車を頂いて……というか……」
『車が届いたんですね?』
「あ、はい。だけど、私……あんな高価な物……」
『すぐそこにボスがいます。話しますか?』
「え? あ、はあ……」
 ボスって誰だ!? と考える間もなく、すぐに相手が変わる。
『あぁ、もしもし』
 そうだ、この声だった。体中に緊張が走る。
「あ、も、もしもし。香月です。あのっ、車が今さっき届きました……」
『どうですか? 色を少し迷ったのですが、やはり白が似会うでしょう』
 白なんだ……。
「いえあの、私、やはりあんな高価な物いただけません」
 軽くらいなら、と実は少し欲はあったが、まさか外車をしかも香港から送りつけ、駐車場、ガソリンも負担してくれるなんて、後が怖い。
『言ったでしょう。私からすれば高価な物ではありません。初めてお会いした印に相応しい物ではありますが、気を遣うような物ではありません。お気になさらず』
「いえあの、……では、何か、お礼を……?」
 恐る、恐る聞いてみる。人として、そう言わなければいけない気がした。
『お礼……そうですね…。今度、おそらく来月になるでしょうか。一度日本へ行きます。その時は是非お会いしたい』
 これは、密かに体なんかを要求されているということだろうか?
「そ、そんなことでよければ……」
 でも、海に沈められるよりマシだ。それに、阿佐子を誘えばいい。
『では決まりですね』
「いえでも……」
『本当は、あなたを香港にご招待したいのですが、今少し忙しくて時間が取れなません。また、時間があけばこちらから連絡します』
「ああ……あの、本当にどうもありがとうございました。大事に……使わさせていただきます」
『それは嬉しい限りです。ええ、ではまた』
「もしもし?」
 相手がタオに変わった。
「あっ、はい」
『ということです』
「あ、はいどうもすみませんでした。お忙しいところ。とても助かりました」
『はい、では』
「あ、どうも……」
 まだまだお礼の言葉を祝辞のように長々と言うべきだと思ったが、電話はすぐに切れた。
 とんでもない、天からの贈り物である。いや、天ではなく実際は香港なのだが。お金持ちのお金の使い方は、さすが庶民にはできないものだと駐車場を眺めながら、心底関心をした。

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