絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 まあ、そんな表情で車が買えないといわれたら、どんな男でもふんじばってとりあえず、中古の軽でも買ってやろうという気にはなろう。
「まあ、車ができて良かった。とりあえず警察には連絡した方がいい。パトロールくらいはしてくれるだろうし、何かあった時に役立つかもしれない」
「……行かなきゃダメですか?」
「何が嫌なんだ?」
「だって……なんか……」
「付いて行こうか?」
 多分、そのために声をかけてきたのだろう。
「……はい」
「えっと……明日は俺休みだから……」
「あ、私も休みです」
「じゃぁ、明日行くか。昼間がいいな」
「はい」
「この近くの交番だったら、知ってるよ。何度か来てもらったことあるから」
「じゃあ、そこで」
「朝一旦店来るから、それから行こう。11時……くらいには店出られると思う」
「あ、はい。じゃあ11時に来ます」
『みすません、香月さん、香月さん、香月さん宛に荷物が届いているのですが、レジに持って行ったらいいですか?』
 倉庫の依田の声がトランシーバーから聞こえた。
「……誰からですか?」
 依田に問いかける。
『ケイ様です。カタカナでケイ』
「……私宛の荷物なんて……」
 香月は泣きそうな顔で必死に何かを検索しているようだ。
「見に行った方がいい。倉庫に置いておいてもらおう」
「あ、はい」
 香月は宮下に返事をすると、トランシーバーのマイクのスイッチを押した。
「……あの、すみません、倉庫に置いておいてください。後で…見に行きます」
『了解』
「カタカナでケイ……まったく心当たりない?」
「ないです」
「お客さんじゃないのか? 誕生日だったんだろう?」
「まあ……。でも誕生日を知って、お店に届けるようなお客さんなんていません……」
「あんまりないか……。いくつになったんだっけ? 25?」
 本当は知っている。
「そうです……。あ、私もう行かなきゃ……」
 香月お気に入りという腕時計は安物だ。しても3万。
「もう食べないのか?」
 彼女は立ちあがったが、オムライスはまだ半分残っている。
「あ、いえ……食べます」
「(笑)、どっちなんだ」
「時間が時間なので(笑) 。でも食べていいっていうんなら食べます(笑)」
「食べていいよ(笑)。それくらいすぐ食べられるだろう」
「はい!」
 彼女はスプーンいっぱいにケチャップライスを盛ると元気よく口を開けた。
「明日、忘れるなよ」
「あ、はい、すみません……お願いします」
 香月は慌てて食べる終えると、すぐに席を立った。あそこで「食べないで行け」と言われたら、彼女はそれに従っただろう。そう考えると実に可愛いらしい従業員だ。
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