絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 明日11時に待ち合わせ。それから警察に行って12時。
 ランチにでも入るか……。話題もあるし、坂野咲お勧めの駅前の焼き鳥のランチでも行くか……多分香月はそんな所行ったこともないだろう。リーマンが大半で洒落た店ではないが、その方が自分が落ち着く。
 というわけで、今日はのんびり仕事をすることにしよう。
 そうぼんやり考えて、特に急ぎでもない携帯のメールに目を通しながら首を回す。ここのところ、肩こりが酷い。畳の間で横にでもなるかな……。
 そう考えたときだった。
『宮下店長、今どこにいますか?』
「スタッフルームです」
『了解』
 香月の声だ。……そういえば、さっきの荷物がどうとか言ってた件、何かあったな……。
「あー、香月さん、店長室にいます」
『了解』
 用は特になかったが、今店長室に誰もいないことは確認できていたのでとりあえずそこに先回りして待つことにする。
「失礼します」
 ドアは開け放たれているため、彼女が入ってきたのがすぐに分かった。
 やはり、ダンボール箱を持って来ている。デジカメの修理品程度の大きさで想像以上に小さい。
「これ……」
 彼女はその小さな箱をデスクの上にそっと置いた。ガムテープが切られているので自分で中身は確認したようだ。このおっとり具合からして、中身は爆弾ではないらしい。
「何? ……」
「……手紙を、先に」
 香月はダンボールの蓋を開け、白い紙を取り出した。A4版の普通のコピー用紙。
 さっと受け取り、文字を確認する。丁寧に折りたたまれた紙には家で普通のプリンターを使って印刷されたらしき、文章がずらりと並んでいた。
 ざっと読むつもりだった。
 だが、そうはいかないらしい。
『 拝啓 香月真美様 残暑でお体など痛めてはおりませんか? 初めまして。いえ、お会いしたことは何度かあるはずです。多分、私の名前もご存知のはず。だけれども、言わずともあなたには伝わると信じて、あえて名乗りません。
 さて、何からお話しすればよいのか、迷ってしまうくらいです。
 残念ながら私は、人に褒めてもらえるような文章など書けるような男ではありませんので、致し方ないとは思いますが、尻切れトンボのようなこの文章の間、間を想像して、読んではいただけないでしょうか。
 とにもかくにも、このような手紙を書くに当たったのは、あなたの車を見たせいです。
 まあ、あなたのようなお人ならば、発売前の外車をお金持ちに買ってもらうことなど、たやすいでしょう。私ならば、せいぜいが中古の軽です。だけれども私は思うのです。それでも、私との生活がどれだけ幸せか……と。
 私がいて、あなたがいて、いずれ子供が産まれる。そんな普通の平凡な家庭を、私はあなたと作りたいと願うのです。
< 180 / 314 >

この作品をシェア

pagetop