絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 ここが話しの核心だとばれないようにさらっと口にする。
「何の話ですか?」
 香月は平然と答えた。
「何の話ったって……」
 確かにそんな話はしてない。
「いや、あの日、あの、病院で……抱き合ってたから……」
「あぁ! あの人はあぁいう人なんです。誰にでもあんな感じなんですよ」
「あ、そう……」
 確かに、ライブで興奮してキスする歌手もいるらしい。その延長か……。けど、レイジはロックなんか歌ってたか?
「レイジさんは来てと頼めば来ないでもないでしょうけど。できれば会社くらい自分で行きたいです」
「そうか……」
 勘違いしていたのは、自分だけ……。
 大きく溜息をつく。
「……すみません。お疲れなんですね」
 申し訳なさそうな声に、慌てて姿勢を正した。
「あ、いや。……まあな。今日の数字を見れば」
「暇でしたねー」
「がっくりくるな、その言葉」
「あっ、いえ。まあでも、明日は吉原さんの3百坪新築一式が決まる予定ですから」
「そうなのか?」
「みたいですよ」
「それは良かった」
 よし、丁度いいタイミングでエントランスに着く。
「じゃあ、明日……そうだな、11時くらいで大丈夫だと思う。また、店出る前に電話するよ」
「はい、すみません、どうもありがとうございました」
「うん、早く中に入れ」
 香月は一礼するなり走って中に入る。明るいエントランスから周りをぐるりと見渡したが、怪しい人影などは全く見当たらない。
 彼女はそのまままっすぐ廊下を進むとすぐにエレベーターに乗った。
 それを見届けてから発進する。
 明日は休みだが、出勤しなければならない用事がある。10時半に店に着いてメールの確認をして香月に連絡すればいいから、とりあえずはゆっくり寝られる。

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