絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
『相手は全くわからないんですか?』
「火曜日も警察に質問されて、色々答えていましたが、何も分からない状態に近いです。相手の顔や車の車種も」
『……例えば店に来る常連とか? この前もあったじゃないですか』
 その言葉には、憎しみが見えるような気がして、反射的に「申し訳ございません」と先に謝った。
「私もその筋で考えてみましたが、これだという人は思い当たりません」
『そうですか……。どうか……お願いします。来週アジアに移ったら、一度帰国します』
「それまでに解決できるように、全力をつくします」
 そこでレイジとの会話を切ると、すぐに行きつけの警察に連絡をした。ただ、警官は「分かりました」と「調べてみます」という曖昧な言葉しか返してこなかった。
 予想していたことだが、大きな溜息が出た。
「宮下店長」
 松岡が入ってくる。彼も心配そうな表情を隠しはしなかった。
「香月……」
 宮下は決心すると、店長室のドアを静かに閉めた。
「香月が誘拐されたかもしれん」
「え!?」
 いつもクールな松岡も、さすがに驚いている。
「実は……ストーカーらしき者に付きまとわれていてな……月曜に変な荷物が香月宛に来たんで火曜に警察に届けに行ってたんだ。で、今家族に確認したら、火曜から帰ってないそうだ」
「火、水、木、金……もう4日……」
「家族は皆忙しくて気付いていなかったようだ。今警察には連絡したが、受付だけってとこだな」
「少女じゃないですからね……」
『宮下店長、宮下店長、すみません……』
 トランシーバーのイヤホンから声が聞こえる。その内容を最後までちゃんと聞いた。だがとても頭が回転しようとはしなかった。
「すみません、今ちょっとあっちに行ける状況じゃない」
 なんて勝手な店長だと思う。だけれども、今はそのドアを開ける気力さえもなかった。
「分かりました。店はどうにかなります。……だけど……探すアテでもあれば……」
「……」
 耐え切れずに、パイプ椅子にどさりと腰掛けた。
「とりあえず、フロアに戻ります。宮下店長は、香月の方をお願いします」
 松岡が責任を持って店長室から出て行ってくれたのに、その後姿にかける声もない。
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