絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「調べようがない」
 今自分が放った言葉がまるで警官が放った言葉のように聞こえ、ぞっとした。
「……分かりました。社員には何と?」
「このことは当然伏せておく。とりあえず体調不良ということにしておく」
「仲の良い奴は不審に思うかもしれません」
「そうだな……。だけど本当のことを話すわけにもいかないだろう。今回本当に拉致されたのかどうかがまず分からないからな。もしかしたら本当は家出とかそういう可能性もある。その段階では……」
「そうですね」
「……」
「宮下店長、もう帰りますか?」
「え?」
 矢伊豆の予期せぬ言葉に、驚いてしまう。
「じっとしていられないだろうし」
 あぁそうか、勘違いしているんだったか……。
「いや……結局のところ、俺が出来ることは何もないし。今どうなっているか分からない社員よりも、明日の店の方を真剣に考えるべきだ」
 ようやく、自分自身も落ち着いてきたことを知る。
「……確かに、そういう立場ではありますが……」
「店を抜け出して助けることができるのなら、とっくにそうしている」
 彼にムッとしたわけではないが、言葉が少し荒くなってしまった。
「……それもそうですね」
「悪い。……確かに、少し参っている。相談を受けた後だったからな……よく注意はしたんだが」
「相手が男となれば、どうしようもなかったんだと思います」
「……そう……だな」
 失態を見せた。少しそう思ったが、店長、副店長の間で、しかも矢伊豆と自分の間柄でそんなことはたいしたことではないとすぐに思い直し、その日はもちろん予定通り仕事をしてから店を後にした。
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