絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 次に電話がかかってきたのは夕方6時をすぎていた。
『もしもし?』
「はい」
『食事にでも行こうか? 食べながらできるような話ではない?』
「……食欲は……あんまりないかな……」
『分かった。歩けるか?』
「え?」
『いや、どういう相談か分からないから……』
「うん……じゃあ、東京マンションの近くにカフェがあるから、そこで……」
『……名前は?』
「ラズベリィ」
『どの辺り?』
「ファミレスの隣」
『……ファミレスは分かる。探してみるよ』
「うん……」
『じゃあ切るぞ』
「うん」
 榊と2人きりでカフェ……何度も妄想したシチュエーションなのに、今は化粧をする気にもならない。
 しばらくしてからゆっくりとマンションを出て、カフェに向かった。この時間、カフェは空いている。
 店内に入る。室内は6時以降のため、バースタイルになっており、少し明かりを落とされ、隅まで人の顔がよく見えないが、さすがにまだ来ていないようだ。
 店員に注文をつけて一番奥に席を取る。
 20分ほど待つ。激しく思い出すと涙が溢れそうになったが、せめて彼が来るまでは堪えようと、静かに歯を食いしばった。
 カラン、と出入り口の鐘が鳴る。
 榊はそのまままっすぐゆっくりとこちらに近づいてきた。
「……どうした?」
 こちらの顔を見て、少し驚いているようである。珍しい。
「ごめん……」
「腕、出して」
 対面して座るなり、どういうことかと思いながら、右腕を出す。
「……」
 脈を計るとは、さすが医者だ。
「顔色が悪い」
「うん……」
「体調は?」
「……まあまあ……かな」
 だんだん視線が下がる。
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