絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 「怖かった……どうして自分が眠ってしまったのか分からなくて。後から警察にも聞かれたけど、全然そのあたりのことは覚えてないの。……で、一旦記憶がなくなって……そこに運び込まれたんだろうって思うと、怖くて抵抗できなかった。
 だけど……特に、……縛られたり……殴られたり……というわけではなかった。
 何が食べたいから、作ってほしい、とか……」
「小包の手紙というのは、Loveレター?」
「ああ、うん、そう……」
 さすが、人の話をよく聞いている。
「普通の……カップルみたいな……外から見たらそんな感じを再現したかったんだと思う。けど、作って欲しいって言われたものをちゃんと作れなかったら、私、また薬でどうにかされるかもしれないと思ったら、怖くて……そのまま……言われるがままに……。
 昼間は仕事でいないんだけど、外に出るなって言われてて……。怖くて出られなかった。
 ……夜も……、避妊なんか一切しなかった……。
 もし、妊娠したらどうしようってそればっかり気になって……こっそり泣いてばっかりだった。
 子供ができたときのための、靴下を編んでほしいっていうから、本を見ながらずっと編んでた……。
 編み物なんて分からないけど……もし、できてなかったら、どうしよう……」
 しゃくりあげるのを我慢しながら喋っていた。
 ただ、涙は顎の下に落ちていく。
「犯人は捕まったのか?」
「……うん……、自力で逃げたの。土曜の朝、私、やっぱり逃げようって。どうせ死ぬなら、同じ死ぬなら、逃げてからにしようって。そういえば、玄関のドアだって内側から開けられるんだし、外に出れば誰かいる。
 昼間を狙って外に出て、近くを歩いていた女の人に助けてもらった……。
 ……最悪……」
「実にそうだ」
 榊はそこで一旦間をあけると、
「昼、手紙を見てから、何事かと想像が尽きなかったよ。
 事務員に聞いたら、普通の女の人だったっていうから、とりあえず歩けるくらいではあるんだな、と」
「……心配した?」
 だが彼はそれには応えず、
「……その犯人が捕まったのなら、とりあえずは安心かな」
「……」
 そこまで言ってしまって、ほっとすると同時に言葉を失ってしまった。何も口から出ず、ただ無言の時間が流れる。
 榊は簡単にコーヒーとオレンジジュースを注文すると、こちらを真っ直ぐ見据えて話を始めた。
「……ひとつだけ……言っておこうか」
 目が合う。
 だけど、見詰め合える勇気がなくて、すぐに逸らす。
「愛は普通とは違う」
「……え……」
 視線だけ上に上げた。
「油断がありすぎる」
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