絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 宮下昇は、ぼんやり天井を眺めながら、昨日の香月の声を思い出していた。
 まだ復帰は無理そうである。なんだかぼーっと話をしていた感じだったし、突然離婚とか言い出して、夢見心地のようだった。
 それにしても、容姿の悪い奥さんと離婚した方がいいとはどういうことだろう。何か、意味がある問いかけだったのだろうか……。
 ……考えても分かるとは思えない。
 しかし、元気そうでよかった。こちらのことを気にする余裕もあるようだったし。まあ、しばらくは有給で、そのうち休職にしてもいいだろう。せっかくの人材をこんな理由で捨てるのは惜しい。
 よく気がきくし、ちゃんと仕事ができる。佐藤はそれを勘違いしてしまったのだろうが、分からない話ではない。
 彼女は女性としても、充分魅力的なのだ。
 頬を少し赤くさせて、上目遣いで伝票で口元を少し隠しながら、
「あの……すみません……」
 と、静かに失敗の報告をしてくる。たったそれだけのことなのに、その、均等がとれた全てを、自らで乱してしまいたくなる気持ちは充分分かる。
 多分、今まで出会った女性の中で一番魅力的ではないだろうか。
 小、中、高。それなりに恋愛はしてきた。小学校はともかく、中学校は初めて彼女ができて、浮かれてグループ交際をしていた。いつも4人で一緒に遊びに行って、その時は恋愛というよりも、ただの友人という方が強かったかもしれない。    
 結局初めてのキスは、高校2年で付き合った同級生の彼女とだった。セックスまで1年我慢した。お互いの自宅に行くようなこともなかったし、いつも買い物や映画で済ませていたと思う。ところがある日、いつも在宅の母がたまたまいないから、と彼女に報告されて、決死の覚悟でコンドームを持参したのが男の始まりだった。
 関係はそれから2年ほど続いたが、最後の1年は大学が別々になったことから、あったような、なかったような関係といえる。
 大学時代はそれなりに遊んだ。合コンにも行ったし、いわゆる、お持ち帰りも数えるほどだが体験した。長続きするような彼女はできなかったが、それは医学部に進んだ坂野咲も同じことだったし、若いうちはそんなものだろうと楽しみながら、大学院を卒業した。
 24歳で就職した先はエレクトロニクスの本社であった。超有名企業であったため、就職率は何百倍にも跳ね上がったが、見事合格した。
 多少、自信がなかったわけでもない。経営学はスペシャリスト並に勉強をしてきていたし、情報処理関係ももともと好きだった。
 そんな中で出会った、ある一人の女。27歳で初めて店舗で接客を始めてから1年で副店長になった28のこと。
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