絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 店に「インターネットがつながらない」という単純申し分ない電話がかかってきたのだった。よくよく聞いてみると、つい今しがた修理センターから設定に来てもらったのだが、つながらない、テストをせずに帰ったというのである。
 電話越しに平謝りをしながら、結局自らが出向くことになった。
 あるマンションにその女は住んでいた。年齢20代後半。鎖骨から浮かぶ白い肌が印象的であった。
 女は、見るなり
「あぁ、やっぱり宮下さん」
 とにこやかに笑った。
「……すみません、どこかで……」
「あぁ、私のことは知らないかもしれません。でも、大学で人気の人だったから」
 そう言われて嫌な気はしない。
 パソコン自体は15秒ほどで終わる簡単なことだったが、女はお茶を出し、にこやかに笑いながら、話を続けた。懐かしい教授の話、行事の話、有名な生徒の話。どうやら、同じ大学に在籍していたことは間違いないらしい。
 15分ほど話しただろうか、彼女は最後に「またよかったら連絡して」と可愛く笑った。そして続けて、
「私も連絡していい?」
 嫌な気持ちは全く起こらなかった。むしろ、自分から携帯の電話番号をすんなり教えたくらいだった。
 部屋はきちんと片付いていた。着ていた服も控えめで可愛らしい。化粧も濃くはなく、いつも笑顔でいる。
 もしかしたら、結婚するかもしれない。
 店に戻るまでにそこまで想像した。
 それくらい、好印象の女であった。
 時間を見計らって2日して、女の携帯に電話をかけた。電話では女はあまり喋らず、どうも電話という会話手段が苦手なようであった。
「どこか、食事でもどうかな……」
 2日間考え抜いたセリフはすぐに出てしまう。だが女はすんなりと
「ランチが美味しいところがあるの。宮下さんはいつが暇?」
「……とりあえず、明日かな(笑)」
「本当? 私も明日は空いてるの(笑)。じゃあ、駅の近くだから、駅で待ち合わせしまょうよ」
 最初のデートで、女は悩みを打ち明けた。近くに住んでいる両親が厳しくて、なかなか夜遊びができない、と。毎晩固定電話に電話がかかってくる、と。
「別にいいじゃないか。夜遊んでも昼遊んでも同じだよ」
「そう? だって皆バーとか行ってるじゃない……。私なんか一度も行ったことがないのよ」
「家で酒飲んでも同じだよ(笑)。俺なんか行けても行かないよ」
「そう? なんか……どっか行きたいなぁ、旅行もいつも身内だもの」
「どっか行く?」
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