絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 松岡は本気で笑った。
「でもまあ、言いだしっぺが西野じゃなくて、香月だから仕方ないっか」
「え、香月? 行きたかったのか?」
 いつも無表情の松岡が珍しく驚いた顔を見せた。
「行きたかった、というか……まあ」
「ふーぅん」
「何のお話してるんですか?」
このメンバーでこのタイミングで入ってくるとは、怖いもの知らずか、常識知らずか。
「何ってこともないけど。小野寺はどうだ? 少し慣れたか?」
 松岡が相手をしようとした途端、玉越はテーブルの上の空の弁当箱を持って、西野はカップをすすりながら持って逃げた。
 そしてすぐに、
「玉越、休憩出ます」
「西野も出ます」
 見え見えだろうがお構いなしの2人だが、それに気付かないフリなのか気付いていないのか、小野寺もお構いなしだ。
「あ、はい。皆さんとても優しいので」
 小さなピンクの弁当箱の中は手作り。中身はまあまあだ。
「この前の上げ換えの件は大変だったな」
 意外に核に触れる松岡である。香月は松岡という人物もほとんど知らないが、目つきが時々鋭く、切れ者であるということは感じていた。
「……すみません」
 香月は気をきかせて話題を変える。
「小野寺さんは倉庫とレジ、どっちが好きですか? 私は結構倉庫が好きなんです。なんだか、あそこだけ別空間みたいな気がして落ち着きません?」
 香月の代わり、として入社した小野寺はとりあえずの簡単なレジ操作と倉庫を担当してる。
「そう、ですね……。私は、接客してる方がずっと楽しいです。倉庫の方も皆さんも優しいですけど」
「倉庫は半分以上は重い物ですからね……。私、昔は小さな店舗で一人で倉庫番をしていたこともあるんです。あの時は大変でした……」
「ホントですか!? すごいですね!!」
 小野寺は大袈裟に驚いて見せた、ような気がする。
「あぁ、香月は小さい所から来たんだっけか?」
 松岡は食べ終えた弁当の空を片づけながら話に入った。
「そうです。月島にいましたから、最初は」
「にしても、一人で倉庫は大変だっただろう」
「そうですね、その時は嫌でした。夏は暑いし、冬は寒いし(笑)」
「倉庫に冷暖房はもったいないからな……」
 実はこの間、トランシーバーのイヤホンからはちゃんと声が聞こえていたのだが、松岡は聞きながら別の話しをしているのである。
「……はい」
 そしてちゃんとマイクに返事をして、さっと立ち上がって行く。なかなかできる芸当ではない。
「……西野さんは優しいですか?」
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