絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「何?」
「一人暮らしをするって、大変ですかね……」
 期待外れの予想もしない一言に、
「香月が?」
 としか、言葉も出ない。
「はい……いえ、別にそうしなくちゃいけないってわけでもないんですけど……。時々、今のルームシェアを出ようかなって時があるんです……」
「まあ、元は他人同士だからな。その思いは自然な気がするけど」
「レイジさんとその話になったんです。出て行くか、行かないかって」
「え、仲いいんだろ?」
「まあ……いいんですけど。時々変にこじれる時があって。けんか、でもないんですけど……」
「へぇー。気性が荒いの?」
「いえ、そんなことは……」
「あんなに優しくしておいて、付き合ってもいなくて、出ていくのどうのって話しになるってどういう感じ?」
 2人の内情が全く想像できなくて、素直に聞く。
「まあ……レイジさんの独りよがり、というか……」
「独りよがり?」
「うーん……」
「芸能人だから、難しいのかもな」
 分からなくて、無難な言葉でまとめた。
「あ、それはあると思います。何でも自分の思い通りに行くと思っているような、そんな節が多々ありますね」
「ふーん……」
「……」
 香月は、何も食べず、ただ視線を落とし、話しかけられるのを待っているようでもある。
「最近、調子はどう?」
「まあまあです。だいぶ勘が戻ってきたかな……」
「あんまり無理しないように」
「……そんな風に見えます?」
「少し」
 目を合わせた。白い顔は、少し赤みがさしているが、それでも、以前とはくらべものにならないくらい、暗い。
「……」
「……香月?」
「私……自分が何に納得してないんだろうって、最近思うんです。何が……そんなに嫌なんだろう……」
 こちらが考えている以上に、香月の心は傷ついているのかもしれない。
「……少し疲れてるだけかもしれないぞ」
「……そう、かなぁ……」
「もう1回休むか?」
 顔を覗き込むように見る。
「ううん……家にいるよりはここにいる方が、気分転換できてるはずです」
「どこか、旅行にでも行くとか……」
「……あ、時間……。そろそろ、行きます」
 安物の時計を確認しながら、香月は立ち上がった。
「あぁ……」
 彼女は終始俯き加減で、沈黙が多かった。
 まあ、あれだけの出来事があれば、人生観も変わるだろうとは思う。今復帰できているのだって、偶然に近いのかもしれない。
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