絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 宮下は食べ終わった弁当のカスを眺めて少し考えていた。
 「納得していない」とはどういうことだろう。
 まだ犯人を許せない、ということだろうか。
 それとも、あの生活から現実にまだ戻りきれていない、ということだろうか。
 または、全く別のことなのか……。
 ただの疲れか、実は意図した何かがあったのか……。
「宮下店長!」
 廊下から大声で呼ぶ従業員の声にハッと気付く。
「ちょっとすみません!」
 倉庫の依田だ。隣の金髪は何者だ??
「……何?」
 近づきながら尋ねる。金髪は黒いズボンにカジュアルシャツを羽織っていて、もちろんうちの社員ではない。
「あの、こちら、航空便の高藤さんなのですが、店長にちょっとお話があるというので……」
「高藤です」
 昔、それなりに素行が悪かったであろうということは、容易に予想ができる。
「はい」
「あの、ちょっと……」
 高藤は依田を払おうというのである。
「え? あぁ……」
 依田は不審に思いながらも、もちろんすぐ背を向けた。一体何の話だ。
「宮下店長さんですね。初めまして、高藤です」
「初めまして……」
「いつもソニー便を持ってきてます航空便の社員ですわ」
「はい」
 イントネーションが少し違う、どうやら関西育ちのようだ。
「これを見てほしーてここまで上がって来ましたのや」
 何だ何だと一枚の紙である。
 まさか個人名の借用書ではあるまいな、と覚悟しながら覗いたが、薄い緑のその用紙は離婚届であった。
「何ですか?」
 平常心で聞く。
「これを今日出してきます。だから、店長さんに認めて欲しいんです。僕が香月さんに結婚を申し込むことを」
「……」
 は?
と声に出さなかっただけマシだろう。
「それは……別に、高藤さんの自由じゃないですか?」
「まあ、そうですけど。一応結婚してたさかい、後でごちゃごちゃならんように報告が必要かな、と思いまして」
「はあ……、申し込む申し込まないは別に……」
「いや、まあ、それだけです。ほな」
 高藤はすぐに背を向けた。
 また……か。
 また怪しい男が香月の周りをうろついている。事件以後は倉庫を中心に行かせていたせいか……。
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