絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 レジと倉庫、どちらが大変かと聞かれると、たいていレジと答える。すると倉庫を知らない人は、えー、と声を上げる。
 事件以来、香月はレジと倉庫をその日のシフトによって交互に担当していた。フリーで動くことがなくなった今、どちらにしても、自分の中では、えー、と声を上げたくなるような位置である。
「香月―、ジュース飲むー?」
「はーい!!」
 倉庫では特に休憩時間というものがない。適当にみんなで休憩して、食事をしている。いつも順番通りに商品を移動させるだけで、急ぎの用もないし、慌てることもない。
「何がいいー?」
「オレンジー!!」
「はーい」
 しかも、もちろん全員が男性だ。基本的には、小野寺が出社の日は倉庫、欠勤の日はレジにまわされている。
 そもそもこれまでも、荷物が多いときに、ちょこちょこ来ていたので皆それほど不自然に思っていないようだし、場が華やかになったと倉庫長に逆に喜ばれている。今は常に皆がお菓子を買って、分け合って食べているが、以前は全くそのようなことはなかったそうだ。
 情報源や、指導係りは基本依田である。それによると、倉庫長の機嫌がこんなに良かったことは、今まで一度もないそうである。
 まあ、悪い話ではない。
「お疲れー」
「お疲れ様です」
 金髪の高藤は早くから知り合っていたので、よく話しかけてきてくれていた。
「はいこれ」
「わーい♪」
 そしてこうやって、外でダンボールを並べている香月を探して
「前の配達先で貰ったから」
「初めて見るお菓子です。美味しそう♪」
「わし、こんな甘い物食べへんから」
 エレクトロニクスの前に行く配達先でよくお菓子を貰うらしく、たいてい毎回このようにしてお土産がある。依田によれば「僕がせがんだってジュースの一本もくれませんよ」ということだが、まあ、男にあげるくらいなら、持って帰って子供にあげよう、とくらいは思っているのかもしれない。
 いや、特にわざとではないが、やはり嬉しそうにしておけば次があるかも、と少し企んではいるのだ(それを人はわざと、と言うのか……)。
「いつまで倉庫の担当なん?」
「うーん、店長次第です」
「大変やなぁ」
「そうでもないですよ。こうやって、お菓子もらえるし」
 香月はにっこり微笑む。
「そんなんでよかったらなんぼでも」
 高藤も目を細めて、タバコに火をつけた。
 ここで一服してから次へ行くその間、仕事をしている香月を眺めながら話をするのである。お互いの家族のこと、高藤の子供のこと、妻のこと、仕事のこと、高藤が知りたい家電のこと……。
 荷物を下ろす待ち時間に、時々店で商品を買って行ってくれる。最近では、子供の運動会のためにムービーがほしいから、と上に上がって普通に買い物をしていった。「愛ちゃんの売り上げにしてよ」と気を遣ってくれたりして。
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