絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 個人予算は倉庫担当以外は全員にある。香月も、レジに入れる日だけの日割り予算がきちんと割り当てられていた。
 それを知る高藤は、たいていは、
「ポット欲しいんやけど一万で足りる?」
「何リットルですか?」
「うーん……何リットルがある?」
「3リットルが最高です」
「じゃあそれでええよ」
「メーカーとか……」
「任せる。一番ええのん買ってきて」
 と現金を渡されて買いに行くのである。多分、倉庫長がこの話を聞けば何らかの文句を言いそうだが、今のところ見つかってはいないし、それほど悪じたことでもないと黙っている。
「あのなあ……」
「なんです?」
 その日、聞きなれない、留まるような言い出しに、ダンボールを片付ける手を止めて後ろを振り返った。
「飯でも行かへん?」
 笑顔に失敗したのか、少し顔が引きつっているようにも見える。
「え?」
 出会ってもう何年にもなるが、このような現実的な誘いを受けたのは、これが初めてのことであった。
「いや、良かったら、やけど。いつもこんな所で安っすいお菓子ばっかり渡してるんもあれかなって」
「え……」
 どういう意味だろう。香月の頭はフル回転で稼動する。
「携帯番号教えてーな」
「あ……はい」
 威圧的な言葉と、今後の関係のために、とっさにポケットに手をやるが、軍手をはいていたことを思い出して先にとった。
「赤外線出して」
 こう言われればおしまいである。
 香月は観念して、番号を交換した。
「話したいこととかあるし……な」
「何ですか、話って(笑)」
 香月は精一杯笑う。
「いやなー。離婚したんよ」
「え……」
 その表情の奥に、何があるのか全く分からない。
「そやから、そんな心配はせんでえーよ」
「あ、……あぁ……」
「今日、仕事終わるん何時?」
「え、と……9時です」
「じゃあ、9時過ぎたらかけるさかいな」
「……」
「嫌?」
「え、いや……」
「(笑)、なんなら、飯でも行く?」
「え……それは……」
「そうしよ、そうしよ、飯にしよ」
「え、あぁ……」
「ほな来るわ、9時に」
「え!?」
< 230 / 314 >

この作品をシェア

pagetop