絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「行けるやろ?」
 何故断れないんだ……私……。
「あ、はい……」
「決まり!! また後でな、えーっと、ここ着いたら電話するわ」
「あ……」
 しまった……。
 もちろん香月の方は根っからそんなつもりはなかったが、今離婚したばっかりで暇だから食事でも行こうって……。
 なんというか、断る理由が思いつかなかった。明日も、明後日も顔を合わせると思えば、適当な妙な理由を出すわけにもいかなかったし、威圧的な関西弁が後を押した。
 それに、高藤自身のことは、特別気に入りなわけではなかった。相手が好意的な態度を少し見せても、こちらとしてはコミュニケーションのひとつだと捉えるようにしていた。
 そもそも、仕事ができない仕事仲間という感じである。運転の腕の自慢はよくするが、積んである荷物はよくひっくり返っているし、初期不良の返品物は高藤が運んできた物ではないかとよく思う。
 しかしそれは、香月の偏見ではなく、倉庫全員の目であった。人自体は気安くて話しやすいのだが、素行が悪い、というのが一番ぴったりくるタイプである。
 面倒だし、あんまり興味ないし……嫌だな……。
 何か理由をつけたかったが、これからしばらく倉庫でいる身としては、この誘いを無碍にもできない気がした。
 ああ、あんな安いお菓子に騙されなければ。お菓子くらい、自分で買えば良かった。少額の売上など、無視すればよかった。
 今になって、次々に後悔の念が湧き出てくる。
 そして、午後9時はすぐにくる。時間は待ってはくれない。
 更に、高藤も待ってはくれない。
「もしもし、今着いたとこ」
「あ、はい……あの、依田さんとかも今帰ってますけど……」
「え? あぁ、あいつはえーんよ。じゃあ駐車場で待ってるから。南の一番端」
 人数を増やすこともここで選択肢から外された。
 足取りは重い。だが、待っているのに、行かないわけには、いかない。

< 231 / 314 >

この作品をシェア

pagetop