絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「あ……いえ……」
 ようやく入力が終わり、結果がプリントアウトされる。
「廊下も終わりました」
 西野はようやく報告した。
「終わったら、さっさと帰れ。無駄に残業するな」
「はい……上がります」
 西野は横目で見ながらも、香月を心配する。
 香月はなんとか、まだ作業ができるくらいの余力は残っていたが、頭の中から高藤が消えない。
「ここ、誤差ない?」
 宮下の声がなかなか頭に入らない。
「香月?」
「……」
「香月?」
「え、あ、はい」
「誤差、ない?」
「あ、はい。大丈夫です」
「どうした?」
 宮下はこちらをちゃんと見て話をまるで聞いてくれるかのような表情でいる。
「いえ……」
 何か、とっさの話題でも、と思ったが、どうしても出てはこない。
「おかしいな、どっかで誤差が出るはずなんだが」
「私、あがってもいいですか?」
「あぁ。ありがとう」
 既に自分がレジから倉庫へ排除されていると確信した言葉であった。
 深い、ため息をつき、打刻をしながら考える。さて、どうやって帰ろう。
 とにかく、スタッフルームへ上がってそれから外を確認してみた。西野が言ったことを疑っていたわけではなかったが、本当に高藤らしい車が中央に停まっていたことに落胆する。
 こっそり歩いて帰ればバレないだろう。
 しかし、だからといって、また次の日が憂鬱になるだけである。
 いっそのこと……といったって、付き合ってみる気にはない。大体興味がなかったし、今はそんな気分にもなれない。
 これほど悩みながらも、まだ宮下と話をする気分になれなかったその時、携帯電話の着信に気付く。
 西野だ。
 相談しておいてよかった、この件に関してはよく心配をしてくれている。
「はい、もしもし?」
「もしもし、今どこ?」
 彼は外を歩いているようだ。
「今はまだスタッフルーム」
「送ってってやるよ。入口に横付けするから」
「うわー!! ありがと!! 嬉しい」
 香月は心底の喜びをそのまま彼に伝える。
「俺が言ってやろうか? 付きまとうなって」
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