絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 店舗の明かりが完全に消えた。外灯も消えたが、まだ町の明かりで回りの判別がつくくらいではある。 
 そのすぐ後、予想通り中から宮下と矢伊豆が出てきた。
 香月は観念して、車から外に出た。
「ほんま、ええ加減にせえよ!!」
 突然の怒鳴り声に足が止まった。
 高藤はこちらを見ている。
「ええ加減にせえよって……」
 玉越がすぐにタンカを切る。
「自分が悪いんじゃねーの」
 西野は冷静に吐き捨てた。
「はーい、ケンカはそこまで」
 矢伊豆は場違いなほどに明るい声で、その場を取り仕切る。
「君は誰?」
 矢伊豆は高藤に聞いているが、本人は何も喋らない。
「ソニーの配達便の人です。航空便の高藤サン」
 西野は静かに説明する。
「なんやねん!!」
 彼は完全にこの不利な状況に怒り狂っている。
「香月さんのことが好きで離婚した人です」
「違ッ!!」
 高藤は声を荒げて
「ちょっと誘ったったからって調子に乗んなよ!!」
 そう吐き捨てるとボクシーに乗り込み、急カーブを描いて駐車場からものすごい勢いで出て行く。
「なに?」
 呆然としていた群集の中で、矢伊豆が一番に口を開いた。
「香月さんに付きまとってたんですよ。それを皆に知られてキレたんじゃないっすかね」
 西野は淡々と説明をする。
「香月ぃ」
 矢伊豆に呼ばれて、香月はようやく足を動かし、輪に近づく。
「何があった?」
「別に……」
「別にで、ここまで来ないだろ?」
「……」
 今まで何も知らない矢伊豆に、まさかこんな大勢の場で事情を説明する気にはなれなかった。
「じゃあ、私たち帰るからね」
 玉越は気を利かせたのか、西野をちらっと見て車の方に歩き出す。
「……香月、ちゃんと言った方がいいぞ」
 西野もそのまま車へと向かう。
「言いたくない?」
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