絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
そう優しく聞いてきたのは、やはり宮下。
「……」
 香月は静かに頷いた。
「じゃぁいいよ、言わなくても」
「……」
「帰ろう」
「……はい」
 そういえば、今日はどうやってここまで来ただろう。
 思い出すのに、一秒かかる。
「……」
 香月は無言で車の方へ歩き始めた。
 心底落ち込んでいた。その一番の理由は宮下にこの騒ぎを気付かれたことであった。また、明日からの高藤の態度も気になる。
 ドアを開けて、中に入り込む。
 フロントガラス越に外を見ると、矢伊豆の車にライトがつき、すぐに出て行く。
 次に宮下の車にもライトがつき、走り始めたが、すぐ近くで停車した。
 宮下はアイドリングにしたまま、車内から出てくる。
「帰れるか?」
 窓越に話しかけてくるので、サイドウィンドを下げた。
「あ、はい」
「……ちょっと話していいか?」
「え。あ。はい……」
「えーと、もう2週間くらい前か……。あの高藤って男がわざわざスタッフルームまで上がってきてな」
「え?」
「依田に案内してもらって中まで入ってきて、わざわざ俺に離婚届を見せに来た」
「え……」
「香月のことが好きで、交際を申し込もうと思うから、理解してほしい。ということだった」
「……」
 香月は視線を下げる。
「すぐその場を去ったし、特に何も言わなかった。それがこんなことになってたなんて、全然気がつかなかった。早く言った方が良かったな……」
 宮下の落ち込む声を聞いて、
「いえっ、そんなことは……」
「うん……運転できるか?」
「え、あぁ……」
 香月は俯く。
「どうした?」
「……あの人、離婚したの……本当の話だったんですね……」
「だろうな。……どうして?」
「そう言ってるだけかなぁ……とか。誘うったって、そんな、いつも適当な感じだったし。だから、突然今日みたいな大事になって、驚いたんじゃないかな……と、思います」
 思いつくかぎり、精一杯軽く言ってみる。
「そう思うか?」
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