絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「あの……」
「はい」
 香月は一瞬、真籐と目を合わせたが、すぐに伏せる。
「……移動した方がいいのでしょうか?」
「したいのですか?」
 すぐに返されて少し戸惑う。
「いえ……。したくはないのですけれど……」
「思っていることを言っても大丈夫ですよ」
 不意に真籐は優しく笑う。
「今日はそれを聞きに来ました。ちゃんと香月さんの意見が反映されているのかどうか、確かめに来たのです」
 そういわれると、宮下をかばわなければという気持ちが残る。だが、本当にこれから毎日行きたいと願う場所は、倉庫ではない。
「本当は……、本当は……」
「うん」
 こちらは真剣に話しかけたが、逆に真籐は机に視線をやる。
「本当は、レジとか普通に、前みたいに、普通に……フリーがしたいです」
「うん」
「だけど、レジでいて、接客してると、いつも変な方向に巻き込まれて……」
「あの、誘拐事件のときは、特に親しいお客さんというわけじゃなかったですよね?」
「あ、はい……私は全く知らない人でしたから……」
「うん」
「あ、でも……だから、倉庫にいた方がいいのかな、と思って……」
「倉庫は楽しいですか?」
「……まあ……」
「男性ばかりですよね? レジに比べるとその辺は窮屈ではないですか?」
「……確かに……、そうかもしれません。でも、もう少し慣れたかな……。もともと、人が足りない時は倉庫にいましたから……」
「小型店舗にいたときの名残ですか?」
 と、真藤は言ったが、そんな昔のことは、知るはずがない。
「月島店にいた頃は、ちゃんと倉庫当番が当たってましたから」
「あぁ、なるほど。きついですね、一人で倉庫は(笑)」
 ようやく、会話で笑ってくれて、少し気が楽になる。
「はい(笑)。折りコンの一番上にメディアが入ってたりすると大変です」
「重いでしょう!?」
「落とさないように、気をつけるばかりです(笑)」
 実は、落としたことも何度かある。
「そうですか……。いえ、実は、香月さんは本社に移動する方がいいのではないか、という案が出まして……それで、希望をとりにきたのです」
「あ、あぁ……」
 話の核心はやはり人事移動であった。
「嫌ですか?」
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