絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「いや、ではないですけれども……。私が一番好きなのは、レジで会計をして、皆と予算を達成させるのが好きです。時々、クレームの電話を受けて、怖いこともありますけど、倉庫で荷物が重いこともありますけど、やっぱり……とりあえず、店舗ではいさせてください。ここがダメなら、ほかのところでも……少し遠いけど……」
「ふん……」
 真籐は少し考えているようで、視線が宙に浮いている。
「どうしても本社ではだめですか?」
 なんだ……希望をとりにきたというのはあくまでも形だけか……。
「いえ……だめではありません……」
 以外に、何と言えよう。
「では、短期間、ということではどうでしょう?」
「どのくらいですか?」
 ここで2人は初めて目を合わせて会話を始めた。
「一ヶ月」
「その、くらいなら……」
「車通勤ですか?」
「あ、はい……」
「ここからだと一時間はかかります」
「しばらくの間なら……」
「突然ですが、来週からお願いします」
「えっ!?」
 これにはさすがに驚いた。
「らっ……いしゅう?」
「ちょうど今本社の……人事部で人が不足していますので」
 彼はにっこり笑う。
「あ……あぁ、もう人事部というのは決まっているんですか?」
「いえ、香月さんが来てくれさえするのなら、それでもいいかなぁと思ったのです。本決まりではありません」
 人不足というのは嘘か……本当か……。
 だけれども、返事は一つ
「……はい」
 に、決まっている。縦社会というものは、こういうものだ。
「かまいませんか? 来週の月曜日から本社勤務でも」
「はい……。構いません」
 厳密には、5日後の移動になる。
「意外に続くものなのです。そういうことは。だから、一度、その場所を離れて、接する人を変えてみましょう」
「……そう……ですね」
「店舗の方がいいということは、ちゃんと覚えておきます。とりあえず一ヶ月、で区切ってみて。まあ、来月末でもいい。そこで、ちょっともう一度意見を聞かせてください」
「……そう……ですね……」
「突然で驚きましたか?」
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