絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 視線を感じて顔を上げると、真籐はにっこり笑った。
「あ、はい……」
「では、人事部に配属になります。香月さんには、主に、途中入社の書類管理をしてもらいます」
「はい……」
 不安な気持ちが声に出る。
「大丈夫です。人事は半分は女性ですから、親切に教えてれますよ」
 またにっこり笑う。
「はい……お願いします」
「お住まいはどの辺りですか?」
「すぐそこです。東京マンション」
「いいところですね」 
 あ、こんな優しい表情もするんだ、この人……。
「そう、ですね……」
「ここまでは、あ、今は車通勤なんですよね?」
「はい」
「車は何を? あ、あんまり車は興味ないですか?」
「あ、まあ……BMです」
 すぐにバレる話である。
「偶然ですね、僕もBMです。僕はZ4ですが、香月さんは?」
「えーと……忘れました(笑)。貰い物なんです。車は全然知らないから、価値もよく分かりません」
「BMはいい車ですよ。乗っていて損はありません」
 車に損も得もないだろうと、香月は薄く笑う。
「……本当は、あんまり気乗りではない?」
 真籐は本当に心配そうに顔を覗き込んできたので驚いた。
「いえ……」
 香月は、気をとりなおして3秒考える。
「移動、した方がいいのかなってずっと気になっていたのも確かですし。今の倉庫での自分のあり方にも、疑問を抱いていたところでした。だから……とりあえず、短期間で、という条件をつけてもらえるのなら、行ってみる価値もあるかと思います。私にできる仕事なのかどうか、不安ではありますけど……」
 真籐はあからさまに安心した表情に戻ると、
「もしも本社が合わなければ、すぐに店舗に戻りましょう」
「……はい」
 香月は息を吐きながら、上目遣いでゆっくり返事をした。

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