絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「ええと、私と、佐伯さんと、永作さんと、西野さんと、吉原さんで。宮下店長がちょうど風邪で休んでいた時です。お見舞いに」
「あぁ」
 必要以上に安堵してしまったのを、
「そういえばそうでしたね。皆さん仲がいいのですか?」
 と不躾な質問でカバーしてしまう。
「そうですね。カラオケにはよく行きます」
「カラオケですか……。よく、佐々木さんや上の連中に連れられて飲みに行って歌ったりしますが……若い人ばっかりだと楽しそうですね」
「……本社の若い人だけでは行かないのですか?」
 香月は少し考えて質問したようである。
「そうですね。基本的に若い独身の人があまりいませんから(笑)」
「確か、真籐さんは私より……一つ年下ですよね?」
「そうですね。香月さんは24か5でしょう?」
「はい」
「僕は香月さんが入社したときのことを覚えていますから」
「あ、そうなんですか……」
「そのときは私は……まだ大学生でバイトみたいなことをやっていて、大型店にいたので一緒に仕事をしたことはありませんが」
「そうですよね。私が真籐さんのことを知ったのは……いつだったか……、とにかく正社員で来てからです」
「若い頃からずっと仕事に携わってきたので、あまり若い人と遊ぶこともなかったものですから、うらやましいですよ」
「……そうですか……」
「でも、やっぱり仕事をして、それだけの数字が出るとうれしいですからね。その為に毎日、作業を頑張っている、というか……」
「そうですよね。私もレジで金額は少しだけどこれを重ねれば、今日の売り上げにつながるかもしれないと思いますもん」
 香月は素直に笑っている。
 今日は同じ軽い物にしておいてよかった。良い具合で酔いが回ってくる。
「何か、もう一杯頼みましょうか?」
「いえ……帰れなくなったら困ります(笑)」
 「送りますよ」と言ってもいいものかどうか十分に迷って、
「ええと、東京マンションでしたよね?」
「はい」
「じゃあ、私はその向こうの東都マンションですから。タクシーで送りますよ。明日休みなんだし」
「それも……そうですね」
 香月はうれしそうに考えている。
「場所、変えますか? 行き着けのバーがあります」
 しまった、急いてしまったか……。
「いえ、そこまでは……」
 やはり、警戒されてしまう。
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