絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 レイジにつられて、という表現が一番正しいだろう。隣でそんなに飲まれたら、飲まなきゃという気分にさせられる。
 結局、夜中、いや、朝方まで2人で飲んだ。
 途中で眠くなったせいだろう。どうやって部屋まで帰ったのか全く覚えていない。
 ただ、眠りは浅くて何度も目を覚ました。
 隣を確認するたびに、彼はいた。
 レイジがどんな表情をしていたかまでは全く分からないが、ただそこに温かい肢体があったので、強く抱きついた。そのたびにちゃんとした、それ以上強い力で抱きしめる反応が返ってきて……。
 涙が出た。
 ただ、その涙は、その相手が榊ではないことを嘆いているのではなく、彼を忘れることの決意から出た、決別の涙であった。
 そう意識しながら泣いた。
 そして朝起きて目覚めた時には、目が腫れながらも、清清しい気分で「おはよう」を言えると信じたのである。
 なのに、このタイミングの悪さといったら、多分今まで生きてきたなかで最悪だろう。
 仕事が休みであることは分かっていたが、気になる引継ぎを思い出したので、携帯に連絡が入っていないか確かめようと携帯を覗いた時であった。
 時刻はまだ午前6時半。
 いや、問題はそこではない。
 2件の着信履歴。ということは、昨日の夜にかかってきたものである。
 名前を確認する。
 息を呑んだ。
『榊』
 間違うはずはない。この6年間、彼が携帯電話の番号を変えていなければ、確実に、彼がこちらに話しかけてきたことになる。
 いや、彼が携帯を落としてしまって拾った人がとりあえずこの番号にかけてみたという可能性はなきにしもあらず。
 だが、そんな可能性限りなく低いだろう。
 彼は話すことが必要なほどの話題を抱えて2度もかけてきている。
 時刻は午後11時半と11時35分。
 話題は、おそらくこの前書店で倒れたことのお礼だろう。
 ここで、知らないふりをする……。
 それが、彼を忘れたことになる?
 いや、そうではない。
 多分、今の自分なら、ここで電話をかけて話をしたって、気持ちは揺るがない。
 だから、今かける。
 もしかしたら、今妻が隣で寝ているかもしれないこの時間も、今の私なら堂々とかけることができる。
 そう信じて、通話ボタンを押した。
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