絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 レイジはまだベッドで寝ている。それを起こさないように、そっとバスルームへ入った。
 3回コールする。何回コールして出なかったら切ろうか考えていると、5回目のコールで彼はいつものように出た。
「もしもし……」
「もしもし?」
 特に寝起きという気配はない。
「起きてた?」
「急患がいたから。今帰るとこ」
 車がバタンと閉まる音がする。彼にとって意外にもこの時間がナイスタイミングだったということだ。
「悪い、連絡が遅れて。先にありがとう。この前の件」
「もうだいぶ良くなった?」
「あぁ……愛を見るなり倒れたんだってな。実はあんまり覚えてないんだ」
「うん、ビックリしたわ」
「自分でもちょっと吃驚した」
 彼は少し笑う。
「お見舞い……行こうと思ったんだけどね、あの、その倒れた当日、奥さんが「2人でいるところで倒れたんですか?」って聞いてきて……誤解させると悪いなと思って行かなかったの」
「あぁ……」
 彼は何かを考えているようである。
 沈黙になった。
「何かあった?」
「いや、あ、雑誌の件……あれも悪かった」
「あぁ(笑)、いいよ。あれね、もう最悪。エレクトロニクスの後輩の知人が撮った写真でね。あなたが倒れる少し前、偶然その後輩とカメラマンと会って。その後その人私を付けてきてたのかな。何か分からないけど、そこで撮ったのよ。むしろ私の方がごめんなさいね……。そんなまさか私とあなたの写真を、週刊誌に載せるなんて……」
「一度テレビには出たが……。そんな素人の写真なんか載せても何も面白くないだろうに」
「でも、あの後抗議に行ったのよ(笑)」
「……すまない」
「だって、そんな突然……本屋の入り口で2人でしゃがんで抱き合って『熱愛』なんて報じられたら文句の1つも言わないと気が済まないわよ(笑)」
「……それで、じゃないんだが」
「……何?」
 彼は珍しく、言葉を一度切った。
「実は、離婚してロンドンに行くことにした」
 え?
「ずっと考えていたんだ。もっと研究がしたいって。このまま、東條病院に納まれば、経営方面の仕事に追われて自分の研究どころじゃなくなる」
「そんな……奥さん、納得しないでしょ……」
 自分でもよく会話が続けられたと思う。
「いや。ずっと今の仕事に不満をもらしてたし、子供ができないこととか、義父からもうるさく言われていた。それで今回の週刊誌だ。いいきっかけになったんだ」
「え……それ、本当?」
「あぁ……。俺は結婚には向いてないとつくづく感じたよ」
「……それは家のこととかあって……ちょっと大変な結婚だったからでしょう?」
 決して他意はない。
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