絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「今日は、車?」
 駐車場からたい焼き屋まで徒歩一分。
「あ、いえ、迎え、を……」
 今日は上がりが早いからと、朝はご機嫌で歩いてきてのになにこの展開!? 全ては西野が悪いんだ……美味しいラーメン屋に連れて行ってやるなんて言うから歩いてきたのに、ミスってお客の家に謝罪に行くから9時まで帰れないなんてどういうことよ!
「送るよ」
「……いえ、歩いてでも帰れます」
 あ、迎えを呼んでるって言えばよかった。
「傘も持ってないのに?」
 それを貸してくれるならすぐに帰れるんだけど。
「……」
「いいよ。気遣わなくて。東京、マンションだったか」
 ……言ったっけ……。
「送る」
 いいように持っていかれたことを悔しく、切なく思いながら香月は静かにマークⅡに乗り込む。
 そういえば、車が変わっている。車内はコーヒー缶とメモ書きがあったが、それ以外の物は何もなかった。わりと綺麗な方である。
「……香月は、何人家族?」
 良かった普通の話題だ。
「3人です。佐藤副店長は?」
 マンションまでの5分なんてすぐだ。普通の会話が途切れないように頑張ろう!!
「俺は一人暮らし」
 ……知らん振りでいいんだよね……。聞いてしまったことを心底後悔する。
「香月はどんな家族? あそこはルームシェアだから、他人だろ?」
「うちは……友達みたいな感じですよ。皆30代なんで適当に過ごしてます」
「……結婚とか、まだしないのか?」
 その話題は考えてあっただろう……。今までの話に全然関係ない。
「今はそのつもりは全くないです。それに、今はまだ若いから遊ばないと損ですよね」
「確かになぁ……」
 しまった、挑発にとられたか!?
「だから私は……、今度旅行とか行きたいなーとか、思うんですよ!」
 そうそうそういう遊び!!
「旅行……」
「佐藤副店長は行きたいとことかないですか?」
「うーん……のんびりできるとこ。……シフトしなくていいとこ。けど、宮下店長は休みとってもちゃんとできてる。ブレがない。完璧だよ。なかなか、あんな人はいない」
「さすがだなあ」
「ほんとにさすがだよ。若いのに勉強させられることが多い」
「あ、真籐さんと仲が悪いっていうのは本当ですか?」
「いや、あれは意見の言い合いをしてるだけで仲が悪いとかそういうことではない……と思う。まあ、実際プライベートのことは分からないけど」
 ほら、ちょっと頑張ればすぐにエントランス。
「……最近、元気だな」
 佐藤は事件のことなど、何も知らない。

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