絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「違います」
 香月の口調は厳しい。
「……本当に大丈夫か?」
「はい」
 一度もこちらを見ようとしない。床を真っ直ぐ見たまま、返事だけをしている。
「……。分かった。でもなんか困ったことがあったらすぐに言えよ。ちゃんと対処するから」
 表情が少し変化する。何か言おうか迷っているのか。
「……」
 場所が場所なのかもしれない。
「時間もとるから。いつでも言ってくれ」
「……はい」
「うん。じゃあ、作業に戻れ」
 拒否している知り合いに、堂々と呼び出せる店で口説かれているのか? そんな気がした。まあ、知り合いに店で口説かれるなんてちょっと恥ずかしくて言いづらいか……。
 とりあえず、このことは一旦忘れようと宮下は前を向く。顧客購入履歴データも確認したが、そう変に購入しているわけでもなさそうだったし……な。
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