絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「コウ、コウ!」
 閉店一時間後の11時遅出出勤でレシーバーで挨拶をするなり玉越が駆け寄って来る。明らかに朝から何かミスをしたことに、心構えをする。昨日の山田のこともあって、よくないことは続くものだと実感した。
「何?」
「来てるよ、メガネオヤジ。10時半くらいからずっと待ってる」
 意味もなく時計を確認した。時刻は分かりきっている、11時5分前。とりあえず先にタイムレコーダーを押す。
「どこのコーナーか分かる?」
「さあ……」
「行ってくる」
「頑張れ!!」
 戦地に送り出される兵を思いながら、とりあえず店内をぐるりと回り始める。だがとうてい分からない。実はそれでいいのだ。
『お客様を探しています。スーツにメガネの男性の中年のお客様がいたら教えてください。名前は山田様です』
 これで分かるのは宮下くらいだろう。だが、この状況を宮下に知っていてほしかった。確か今日は出勤だったはず。
『ICコーナーに茶色のスーツを着た男性のお客様がいます』
 女性の声で返してくれる。他にも数件あったが、とりあえずICコーナーに急いだ。近づいてから急いだ走りを演出する。
「すみません。お待たせいたしました」
「ああ、おはよう。昨日説明してくれたので、値段をもう一度確認しに来たんだ」
「あの、お電話でもよろしかったのに……」
 控えめに、言ってみる。
「君に会いたくて来てるんじゃないか」
 そのにやけ顔に、背筋が凍った。
「実は、他にテレビも欲しくてね。いや、まずこの前のICレコーダーも買うつもりなんだが」
「ありがとうございます」
「テレビが30台欲しい。大きいやつだ。42型。仕事でね」
 とりあえずは見積もりだけのつもりだろうか。真意が見えない。
「ま、それで色々調べて欲しいんだ。で、店に電話すると一々回すの大変だろうし。個人的な番号を教えてくれるとありがたいんだが」
「……それは……」
 そんなことなら、30台なんていらない。
「予算400万だ」
 値段を提示されたが、交渉するつもりはなかった。
「私はテレビの販売など慣れておりませんので、詳しい者を……」
「じゃあ君は何に詳しいんだね」
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