絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「俺は11時過ぎに空港出ないと仕事に遅れるから。絶対11時に乗せる」
「分かった……乗るわ。そっかあ、私、ロシアから来たんだった……。そういえばピロシキ食べそこねたわ」
「ピロシキ……有名だっけ?」
「うんパンみたいなやつ」
「ふーん。ロシアは行ったことないからなあ」
「へえ! 久司にでも知らないことがあるのね(笑)」
「あるよ、そりゃ(笑)。ピロシキ……今度見てみよう」
「ネットですぐに分かるよ(笑)」
「そうだな」
 言いながらタバコをもみ消す。
 そうしたら何かひらめいてパズルが一瞬で解けた。
 彼女は何度もすごいと叫び、はしゃぎ、笑って、飲んで食べた。可愛いと思った。
 ただこの人を、人として可愛いと思った。
 それが抱きしめてキスをしたい、に、今はつながらなかった。
 幸いであった。
 今、そんな気持ちになったらきっと破滅するだろう。
 彼女と自分の関係は再び破滅し、きっともう二度と笑顔で話しなどできないであろう。
 そうであるとしたならば、ただ今少し遠いところで彼女を見つめ、その、触れることができない肢体を想像するだけで十分だ。
 2人は近づきすぎてはいけない。
 2人は、離れていなければいけない。
 ただ、彼女から誘われたときは本当に断る勇気があるのかどうか、心配ではあった。
 だがそれも取り越し苦労にすぎた。
 彼女はその後すんなり寝室に入り、眠ったようであった。リビングで別れたので詳しくは知らない。
 最終日の翌日はモーニングを食べにでかけ、最後のお土産を買って予告どおり、10時55分の飛行機に乗った。
 今度こそ見間違わないように、飛行機を見つめていたが、違う機体が幾台か飛び立った後、また携帯にかかってきたので、まさかと思いながら出たが、その背後は静かで
「今度はちゃんと乗ったよ。窓から手を振ってるけど、見えないよね」
 愛おしくて笑えた。
「見えてるよ、ちゃんと」
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