絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「もう帰って来ないかと……」
「大袈裟ですよ」
 マンションの入り口で会うなり抱きしめたかと思えば、帰ってこないかと思った、僕を忘れたかと思ったの繰り返しで。あの、人が集まったら困るからやめてほしいんですけど、レイジさん。
「良かった……。それにしても……、まあ、いいや……」
「何ですか(笑)」
 言いたいことはよく分かる。
 ロシア行きの話を持ってきてくれたのに、それを蹴ってして、ロンドンに行ってしまった罪悪感は少しは感じている。
「いや……」
「ロンドンではお買い物をしました。っていってもお金ないからブランドとか買えないけど」
「僕が買ってあげるのに……」
 今絶対勘違いしたな、この男……。
「いいんです、別に高価な物がほしいわけじゃないから」
「……ふーん」
「でも、一つだけ高価な物を買いました」
「何?」
 こんな物、高価すぎて手にはおえないと思ったけど、実際買ってくれるって言われると欲しくなってしまって……。
「水時計です」
「どんな?」
「ダイヤの」
「へえー、それは結構高い」
「うん、50万した」
「あぁ……」
 奴はなぜだか首を横に振る。
「他のね、バックとか服とかは5千円くらいのしか欲しくなかったんだけど、それ見たら、欲しくなって(笑)」
「ふーん……大事にしないとね」
「うーん、そうだね。そんな高いともったいなくて使えない」
「うん」
「えー?」
 すねているのかこの男? ほんと、こんなマンションのロビーで……仕方ないなあ……。
「あー……。ごめん、ありがとう。あのね、うーんと、まあ、こんな言い訳じみたこと言うのも変なんだけど、まあ、私は友達の家に行っただけでね……。
 パズルしたり、映画したり、まあ、そんな3日間だったわけなの」
「へえ……」
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